第3章の2

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第3章の2

エドワード・フェニックスは、しばしの間その状態を保っていたが、1分もすると閉じた両の瞼をうっすらと開いた。 観衆の間に緊張した空気が流れた。 エドワードは、その姿勢をとった時と同じように、静かにゆっくりと両腕を下げる。 そしていたく沈痛な表情になった。 私は最初「今日は失敗しました」とでも言うつもりかと思った。 しかしエドワードは、無言のままその首を巡らせて、会場内を見渡し始める。まるで誰かの顔を探す風に…。 そして突如、エドワードは「あなた!」と言って、会場の中を指差した。 私達が居る場所よりも、うんと前の方。 前方から4・5列目の誰か…。 「わ…わわわ、私!?」 指差された小太りの男は、訳が分からず、度肝を抜かれて目で周囲に助けを求めた。 しかし返ってくるのは好奇の目線ばかり。 エドワードは、男の反応に構うことなく言った。 「あなた、ウェールズの方に工場を持っておられますね」 「は…はい、それが…?」 「誠に申し上げにくいのですが…」と、エドワードは本当に痛々しい表情を浮かべる。 「そのあなたの工場が、つい先程暴動に遭いました」 「なっ!!」 小太りの男は一瞬にして凍りついた。 「そ…そんな、ここ最近多いから気を付けろと言っていたのに!…被害の方は…っ」 男の顔から血の気が引き、額から脂汗が滲み出る。 男は人混みを掻き分けて、祭壇の前に進み出た。 エドワードの前へ…。 「大丈夫。それ程甚大な被害は出ていません。 すぐに工場を閉鎖せねばならないようなものではありませんよ」 エドワードは、そんな男の手を取って、説き伏せるような口調でなだめた。 「すぐに報せが届くこととは思いますが、ただ私は、その時になってあなたが大きなショックを受けることのないように、敢えて今お教え致しました。 悪かったでしょうか?」 「いいえ、いいえ…。 悪いなんてこと、ある筈がない…。 ありがとうございます。良かった、では工場は、私の工場は大丈夫なのですね?」 小太りの男は、涙を流して喜んでいた。 もはや良いのか悪いのか分からなくなってくる…。 “馬鹿なことだ”と、よっぽど私は言いたかった。 しかしエドワードは、私の希望に答えて、遥か彼方で起こったことを今、この場に居ながらにして言い当ててしまったのだ。
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