第3章の4

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第3章の4

「こんなもん、所詮はたかだかちっちゃい仕掛けで、誰にでもできる手品さ」 ギルバートは、手にした透明の丸い蓋を高く掲げて聴衆に披露した。 「大体これか、これに近い物を使えば、簡単に空のワイングラスの中から水が湧いて出たように見せることができる。ほら、警部!」 そう言うとギルバートは、手品を再現するのに使った例の黒い布きれを、私に向かって投げてよこした。 …とても嫌な予感が…。 「他に何も無いから、それでいいや。それ使って適当にここ拭いといて」 私は思わずこけそうになった。 「丁寧に拭いて下さい!」と言ったエドワードの声と、私が「何で私なんだ!」と怒鳴る声とが重なって反響した。 「見て分かるだろ?俺は今忙しいんだよ!」 エドワードの言葉は一旦置いておいて、ギルバートは真面目な顔をして、真っ向から私に食ってかかってきた。 「私だって忙しいんだ!」 「だったらどうしてついて来るんだよ!勝手なことまでやりやがって!これは俺と奴との問題なんだよ!」 “奴”のところで、祭壇の前の男を指差す。 「勝手に私とあなたの問題を作り上げないで下さい!」 指差された男…エドワードがすかさず反論を挟んだ。 先刻までの異様な緊張感は薄れ、会場はすっかり滑稽な演劇の舞台と化している。 私は黒い布きれをギルバートに投げて返した。 誰が二度もあんなことをやらされるものか…。 私にとてプライドがある。 ギルバートはしぶしぶそれを受け取ると、諦めたのか「あーもう!」と言いながら布を下に落とし、足で申し訳程度に拭き始めた。 そんなに嫌なら、最初から床になど零さなければいいのだ。 エドワードは半ば呆れたように、前で我々のやり取りを聞いていた。 周囲の白い眼差しを一身に浴びながら、しかし本人はそんなことなど全く気にしていない様子で、ブツブツと悪態をつきつつ、適当に床を拭き終えると、ギルバートは使用済みの布を、後方にそのまま蹴り飛ばしてしまった。 観衆はもはや、全員ポカンと口を開けている。 「…ったく、余計な手間とらせやがって! いいか、だから俺が言いたいのは、あんたが今までやってきたことは、こんなチンケな手品と何ひとつ変わらないってことさ! 半年前、あんたが最初にやったのもそうだった。そうだろ? あんたは適当に何人かの金持ちに目星をつけ、選挙法が改正されたら出馬しろと持ち掛けた。
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