第5章の1

1/2
前へ
/84ページ
次へ

第5章の1

若者は一度ならずも二度“負けた”。 主演俳優の癖に、強かな悪役に二度も負けたのである。 このギルバート・ライアンという若者を、口ほどにもない愚かな弁護士だと言ってしまえばそれまでだが、私はどうしても、この熱血弁護士の皮を被った、悪戯好きの少年のような若者を、見捨てることができなかったのだ。 「…だからって、何でついて来るんだってば」 ギルバートは、修道院の裏手にある茂みの中に身を隠していた。 エドワード信奉者達からの、集団暴行から逃げていたのではない。 相手も一応、品のある金持ちばかりだから、そんな野蛮な真似はしない。 では何故この若者が、夜の闇に紛れてこんなところに居るのかといえば…。 「お前、エドワード・フェニックスを尾行する気かね?」 「そうだよ。奴が裏口から出て来んのを待って、つけて行ってアジトを突き止めてやるのさ。見りゃ分かるだろ」 私はギルバートの後ろで、同じく中腰の姿勢を保ちながら溜め息をついた。 「何なんだよ。嫌なんだったら、さっさと帰んな!」 ギルバートは、先刻の私の“裏切り行為”が許せなかったのか、それとももっと他のことが許せなかったのか、会合が収集してからずっとこんな調子だった。 「なぁギルバート、さっきは私が悪かったよ。 思ったままのことを口にして、うっかり聴衆を煽ってしまった。 しかしだな、私は正直思うのだよ。君の今回の推理には、少し穴があるのではないかと」 ギルバートが無視を決め込んでいるので、私は言葉を勝手に続けさせてもらった。 「どこに穴があるのかと言われれば、君が言った、例の“キーワード”のことだ。 君はエドワードと、その共犯者がずっと以前からあのイカサマを仕組んでいて、あの時共犯者が会場の中から、エドワードに向かって合図を送ったのだと言ったな? しかし、あの騒がしさの中で、本当に共犯者があの中に居て、その“キーワード”を声高に叫んだとして、果たして聞こえたかな、エドワード本人の耳に。 聞こえないか、もしくは他の誰かが発した他の言葉を聞き間違えるか、そういうことになっても不思議はないように思えるんだがね」 私は淡々と思ったことを全て述べた。 「警部、調べてくれないか?」と、終始無反応だった若者の背中が言った。 「何を…?」 私は一瞬背筋に悪寒を覚えた。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加