第6章の1

2/3
前へ
/84ページ
次へ
「ああ、だんだんあんたが“共犯者”に見えてきたぜ警部!」 演技とはいえ、何を言ってくるのだこの若者は…。 そう思いながら、必死で食い下がってくる様子のギルバート相手に、私は慣れぬパフォーマンスを続けなければならなかった。 彼が、きっとあるのであろう、次の“先手”を打ってくるまでだ。 幸い、会場に集まったエドワード信奉者達は、私の素人演技にすっかり騙されてくれたらしい。 私が自分達の“味方”で、この弁護士は“敵”だと認識したらしいことは、次々と我々に向けられる言葉で分かった。 しかしギルバートは、なおも私に食ってかかってくる。 次に一体どうなるのか、私には全く見当も付かない…。 「皆さん待って下さい」 満を持して、会場にエドワードの声が響いた。 それまであれほど収拾がつかなくなっていた聴衆の注目を、それは一気にかき集めることに成功した。 私も若者との言い争いは一旦止めにして、会場の前方に視点を合わせる。 しかし私はそこで、大変嫌な感じに出くわすことになった。 私の視線の先に居た男は、それまでと何かが違っていた。 周囲の信者達も、そのことに気付いたのか、凍りついたように沈黙している。 畏れをなして、と言うべきか…。 祭壇の向こうに居た男は、恐ろしい程白い表情をその顔に貼り付けていたのだ。 元々大変色の白い男ではあったが、今まで豊かに蓄えていた柔和な笑みを失ったその顔は、もはやこの世のものとは思えない。 私も今まで多くの凶悪犯に出くわしてきたが、かつてあんな顔をした男は見たことがなかった。 そしてその両の目は、私を通り越して、私のすぐ後ろを見ていた。 私は気配でその存在を確認する。 そう、今まで私と、ひたすら口論を演じていたギルバートだ。 私は何だかとても恐ろしい気持ちだった。 まるであの瞳で、この若者の存在を消し去られてしまいそうで。 しかしあの男の顔から、私は視線を離すことができなくて、背中で若者の名を呼んだ。 「ギルバート…」 自分でも、消え入りそうな声だと思った。 しかしその時、私の小声など蹴散らすかのように、あの男がもう一度言葉を発したのだ。 「前へ、出て来てもらえませんか、弁護士さん」と。 もはや誰1人として声を発する者はいない。 ただ1人のペテン師によって、この場はひとつに統一されたのだ。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加