第1章の2

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第1章の2

ここ数ヶ月の内に、連続して起きた殺人事件の捜査に私は追われており、しばらく家へは帰れない日が続いていた。 僅か3ヶ月の間に、犯人は立て続けに3名の人間を殺したのだ。 しかも被害者は、皆一様に若い女性ばかりで、どの被害者もナイフで顔面をズタズタにされていた。 我々警察は、当初犯人は男とみて捜査を進めていたのだが、私が署に寝泊まりするようになってから10日目の朝、我々が逮捕するに至ったのは、社会的な地位も名誉もある女性ピアニストだったのだ。 彼女に行き着くのは、意外にも容易いことだった。 何故ならば、殺された女性達が、誰しも彼女の生徒であるか、若しくは以前に親交があった人々ばかりだったからである。 しかも、彼女には確実な動機もあった。 彼女は、最初の事件が起こる数ヶ月前に、不運な事故から顔面に大火傷を負ってしまったのだ。 美しかった美貌は跡形もなく失われ、彼女はピアノを弾くことさえ辞めて、心を深く閉ざしてしまったという。 それ故に、彼女を心配して見舞いに来た被害者女性達に、強い妬みを抱いたのであろうことが推測されたわけだ。 実際に彼女は取り調べの際に、こう語っている。 『私の顔を見た彼女達は、皆一様に驚愕の表情を浮かべ、あまりの恐ろしさから、蒼くなるのを隠すことさえ出来ないようでしたわ…。そしてその瞳から発せられる、あの哀れみの色といったらもう…。筆舌に尽くしがたい程でしたのよ』 と、口元に薄笑いすら浮かべながら、彼女はそう言ったのだ。 正直なところ、彼女のことを気の毒に思うのと同時に、私は女の嫉妬程恐ろしいものはないとも思った。 意外な事件の顛末だったと、部下の若い刑事達は口々に言い合っていた。 何しろ、あれだけ世間を騒がせた連続殺人事件の真犯人が、顔も名も売れた高名なピアニストだったのだから仕方がない。 私も以前に一度、彼女の公演を聴きに行ったこともある程だから、正直ショックな真相ではあったが、人というのは皆それぞれに、その見目では判断しきれない意外な面を持っているものだと、私は長い経験の内に、嫌という程知りすぎていた。 それはある種、とても悲しいことでもあったが…。 そんなこんなで、事件もようやく解決したというのに、私の家路につく足取りは重いものだった。
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