第7章の2

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第7章の2

翌日の月曜日、心配になった私は、仕事を終えてからギルバートの部屋を覗いてみることにした。 空いていた扉から、恐る恐る中に入ってみると、キッチンの椅子の上で、膝を抱えた若者の姿が目に入ってきた。 昨夜、私が羽織らせたブランケットに包まれたまま、若き弁護士は、死んだ魚のような目で宙を漂っていたのだ。 「ギ…ギルバート…」 私は思わず狼狽した。 まさか、昨夜からずっとこのままか…? 呼び掛けても、一切反応を示さない若者に忍び寄って、彼の眼前で右手をひらめかせた次の瞬間、私の左側頭部に平手が飛んできた。 「てめぇ!一体俺は何なんだ!」 馬鹿にされたとでも思ったのか、若者は突如としてテンションを取り戻し、それどころかむしろ思いっきり逆上していた。 「“てめぇ”だと?口のきかかたに気を付けなさい!」と私は叱って、ギルバートの頭を小突いて返す。 そして「なんだお前は、まるで死人のような顔じゃないか!」と言った。 今日私の目の前に居る若者は、まさしくその言葉通りだったのだ。 しかし口にした瞬間、私はそれを禁句だと思った。 予想通り、ギルバートは次に火のついたような勢いで椅子から立ち上がり、私の胸ぐらを鷲掴みにした。 「警部!俺は死んでなんてないぞ! 死んだ人間が、水ぶっかけられたぐらいのことで、あっさり生き返るわけがないだろう! だから、俺は一度も死んでないんだよ!」 ギルバートはすっかり充血しきった両目で私に訴えかけてきた。 だから私は、“ああ分かってるさ”と言う以外他になかったのだ。 今度は本当に、エドワード・フェニックスという男の力を疑えなくなってしまったなどと、口が裂けても言えなかった。 ギルバートの言う通りだ。 死んだ人間が、たかだか水をかけられたぐらいで生き返るわけなどない。 それはそうなのだ。 しかしそんな当たり前の理屈は、実際に“再生”が行われるのを、目の当たりにしなかったから言えるのだと私は言いたかった。 だってそうだろう、ギルバート? あの男に刺されたお前は、あれだけ血を流し、あれだけ苦しんでいたじゃないか、と…。 「落ち着け、ギルバート。 分かったよ。お前の言い分は分かった。 なぁだから、とりあえず服を着て、何か食べに行こう。 どうせ昨日から何も口にしてないんだろう? 生きていれば、食べなければ本当に死ぬぞ」
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