第7章の3

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やり過ごせないと諦めたのか、エドワードは漆黒のコートの中からついに見覚えのある小瓶を取り出した。 目に見えてしぶしぶながら、男は老女の手を取ってそれを握らせる。 ようやく老女は、泣きはらした顔を上げた。 「し…司祭様…」 「お金なんて結構ですよ。早くこれを持って帰って、息子さんに飲ませてやりなさい」 言葉の中身とは裏腹に、男の表情は非常に浮かないものだった。 老女は初めてこぼれんばかりの笑顔になって、ありがとう、ありがとうと、何度も礼を述べると行ってしまった。 エドワードは二度とこちらをかえりみなかったし、ギルバートも今夜は二度と何も口にしなかった。 ただじっと、闇夜の中に立ち尽くしたまま、老女の残した影が消えるのを見送っていただけで…。 2人の姿が視界から失せて、しばらくして、夢から覚めた瞬間のように、私の頭が覚醒した時、隣でギルバートが言った。 「俺、どう考えても分からないんだよ。 いくら考えても、一度人を殺しておいて、生き返らせるなんていう、まるで奇跡のようなことをやってのける為のトリックが…。 どうしても解けないんだ」 先刻の、淡々とした口調とは打って変わって、それはとても情けない声だった。 私がふと横を見ると、若者は今にも泣きそうな顔になっていた。 彼はたった今、確信したのであろう。 あれはやはり“神の力によるもの”などではなく、“単なるトリック”だったと。 先刻のエドワード・フェニックスの態度を見て、そう決めたのだろう。 しかし、どうしたらそんな有り得ないようなことが可能になるのか…。 途方もない問いだった。 私には到底見当の付けようもない。 そしてギルバートでさえ、それは同じだったのだ。 私達は完全に道を失ったといえた。
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