第1章の2

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「久し振り。お帰り警部」 階段の上で、例の若者が楽しそうに笑っていた。 「意外な結末だったね」 そう言って、片手に掲げた号外をひらひらとはためかせる。 私は明らかに浮かない顔をしていた。 ギルバートは、そんな私の複雑な心境を知ってか知らずか、事件のことについてはそれ以上特に何も言わず、代わりにまた迷惑な勧誘を始めたのだ。 「いい匂いしないかい?」 自分の部屋の方を指差す。 私は最早隠そうともせずに溜め息をついた。 「パイ焼いたんだ。どうせロクなもん食ってなかったんだろ?早く上がっておいでよ」 ギルバートはそう言い終わると、さっさと自宅に引っ込んでしまった。 10日前の鶏の丸焼きが思い出される。あぁもうあれから10日も経ったのか…。 いや、まだ10日しか経ってないのか…。 なんだか私は、この10日間で本当に疲れてしまったようだ。 もうギルバートの誘いを断る気力さえなく、言われるがまま彼の部屋に邪魔をすることにする。 備え付けの家具以外は物が無く、ほとんど生活感の感じられないギルバートの家の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、なんだか未だかつて嗅いだことのないような強烈な刺激臭に鼻がもげそうになった。 “いい匂いしないかい?” …って、この若者の“いい匂い”の基準は一体どこなのだ? そもそもこの男、今度は一体何を作ったのだ? 本人はパイだと言っていたが、私は未だかつてこんな恐ろしい臭いのパイには出会ったことがない…。
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