~手紙~

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俺がエドワードに殺された振りをした時、馬鹿正直な警部はそれを信じて、血相変えて、本気でエドワードに食ってかかるのを見て、ああ俺、本当にすごくいい人を利用しちまったなぁって、改めて思った。 俺がわざと失敗した不味い料理でも、普通に食ってくれるしさ。 俺、本当はずっとあのアパートに居たかったんだよ。 捕まるなら、警部みたいな刑事にワッパ掛けられたいって、ああ言ったのは嘘じゃない。 警部はもう、俺の言うことなんか何ひとつ信じやしないだろうけどさ…。 でも出て行かなきゃいけなかったのは、いつかは警部が本当のことに気付いてしまうと分かってたからだよ。 だって、成立するわけがないもんな、詐欺師と警官の友情なんかさ。 俺が捕まったら、エドワード・フェニックスの名前に傷がついちまう。 それだけはどうしても避けたかった。 俺がね、金持ちを騙すのに、ああいう大胆な方法を用いたのは、本当のことを言えば“エドワード・フェニックス”っていう男の名前を、長く多くの人間の胸に留めておいて欲しかったからさ。 それも特に、あいつらのような大金持ちに、エドワードのようなたかだか百姓の名前を、最も偉大な形で、記憶に刻みつけておいて欲しかった。 それがあいつの、この世に生きた証になるから。 だから俺は、その名を汚すわけにはいかなかったんだよ。 あいつを、ただの嘘つきにするわけにはさ。 俺はあのアパートを出た後、エドワードの家を訪ねて、あいつの家ん中に隠してあった有り金全部と、あいつの妹を連れてこの都会から逃げた。 そうそう、警部はあいつの妹は、口がきけないと思ってたんじゃない? 俺がその振りをさせてたのさ。 俺以外の人間が訪ねて来たら、ボロが出ないように、何を尋ねられても口のきけない振りをして答えるなと言って。 俺は、俺と彼女が生活に困らない最低限の金をあの中から失敬して、あとの分は警部も知っての通り、俺達の地元にある孤児院に、エドワードの名で全て寄付したのさ。 それはエドワード本人の希望だったからね。 言ったろ? あいつは決して善人なんかじゃないけど、根っからの悪人でもないのさ。 俺は失敬した金で、エドワードの妹に教育を受けさせて、ちゃんと成人させた。 今じゃ、彼女、何不自由ない生活をしてるさ。 心配しないで。
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