最終章

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最終章

それは余りにも自分勝手な手紙だった。 最後の最後まで命令口調で、返事を書こうにも連絡先はやはり無く、謝罪の言葉など微塵もなかった。 そう思いながらも、馬鹿な私は、込み上げてくるものを止めることが出来ないのである。 「まぁ、あなたどうしたんですか?」と、私の瞳に浮かんだものを見つけた妻が驚いて言った。 私の書斎に、淹れたての紅茶を運んできてくれたらしい。 「ごめんなさい。ノックをしたんですけど、返事がなかったもので、勝手に入ってしまって…」 妻は気まずくなって謝った。 「いや、いいんだよ。 懐かしい友人からの手紙を読んでいたら、急に昔のことを思い出してしまってね。 いかんなぁ、歳を取ると、涙もろくなって」 妻を心配させまいと、私は明るく笑ってから、「温かい紅茶をどうもありがとう」と言って、妻らしいセンスのいいデザインのティーカップに口をつけた。 私は6年前に、今の妻と再婚したのだ。 奇しくも、あのペテン師の言った通りになってしまった。 今はあのアパートも出て、新しい家で妻と一緒に、慎ましいながら新たな生活をしている。 勿論、亡くなった妻のことを忘れたわけなどない…。 昔の妻のことだけではない。 エドワードのことも、その妹というあの娘のことも、ギルバート・ライアンのことも、私は生涯決して忘れはしないだろう。 そういえば、あのペテン師め、私のことを風の噂で聞いたようなふうに手紙に書いていたな…。 それに、この街のことを指して“この都会”とも…。 私は、もしやギルバートは、今この街に居るのかもしれないと思った。 というよりも、そんな期待を膨らませた。 あの若者が、再びこの都会に戻って来ている…。 あの卑怯者に、また会えるかもしれないと私は思った。 ああそうだな、ギルバート。 私は精一杯長生きしなければ。 今度巡り会った時こそきっと、私がお前を告発してやるのだから。 勝手な屁理屈など言わせるものか。 友人からの手紙を読んで、私はまたいつかのように、大人げなく少し得意になっていたーーー。 【完】
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