第1章の3

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「ギルバート、君、仕事は一体何をしているんだね。 構わなければ教えてくれないか? 君は、まだとても若いにも関わらず身なりがいいし、だけど1人きりでこんな安いアパートに暮らしている。私には不思議でね」 すると、ギルバートはようやく号外から瞳を上げて、穏やかに笑った。 「ある男が、ある資本家に半年前こんなことを言ったんだ。 “あと、数ヶ月もすれば、選挙法が改正される。 そうしたら政治の世界は、もはや貴族達だけのものではなくなるから、あなたも選挙戦に出馬したらどうか。 私は当選を保証する”とね」 「はぁ…?」 私はギルバートが、何を意図していきなりそんな話題を持ち出したのか理解できなかった。 私が知りたいことと、一体どんな関係性があるというのか。 しかしギルバートは、私の反応などそっくり無視して話を続けた。 「その男はとても身なりがよく、歳は若かったが、言葉尻が大変正しくて、最初自らを名のある銀行家の息子と名乗った。 だから資本家は、男の言うことなんか少しも信じちゃいなかったが、邪険に扱うことができなかったのさ。 そして男はなおも言った。 “もしも私の言う通り、選挙法が改正されたら、私の言うことを半分は信用して一度訪ねて来て下さい。 あなたがもしも本気で政治家になりたいと願うなら、お手伝いさせて頂きます”と」 ギルバートはそこで一度言葉を切って、椅子から立ち上がったが、私は相手の意図するところが全く掴めなかったので、腕組みを決め込んだまま、身動き一つしなかった。 もっと言えば、相槌すら打ちようがなくて。 一方のギルバートは、そのまま、そこだけやたらと生活感を主張していた例のキッチンへと足を運んだ。 「その男の言う通り、5ヶ月後に選挙法が改正され、中流階級の庶民までが政治に参加できる社会に変わった。 資本家はそれまでとっくの昔に忘れ去っていた男の言葉を思い出したね。 そんでもって、これっぽっちも政治に携わる気なんてなかったのに、ほとんど興味本位で男に教えられた連絡先を訪ねた。 そうしたらそこは、資本家が思っていたような大邸宅ではなく、修道院でね。ククッ」 背中越しにキッチンに立った格好のまま、ギルバートは笑うのを堪えて笑っていた。 「司祭の格好をしたその男は、自分が言った通りに資本家が再び自分を訪ねて来てくれたことに感動して言った。 というよりもまず謝った。 “すみません。私はあなたに銀行家の息子だと言いました。
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