パパ

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 そういうアパートやからな。風呂なんてあらへんし、トイレもガスも共同やったよ。ガスが共同ってゆうのわな、なんでこんなこと覚えてるかわからへんけど、薄暗い廊下の奥に、水場があって、そこにガス台が並んでるんやけど、コインを入れる場所があって、コインを入れたら、多分、何分間か火がつくんやろ。コインっていうても直接お金やなくて、大家さんから、五円玉みたいなコインを買って、それを入れたら火が点くんやろな。なんかそんなどうでもいいことは覚えてるんや。  せやからお湯とかは沸かせたよ。周りの大人が教えてくれたからな。  アパートも出入りが激しくて、今みたいな敷金、礼金があっての月払いとかとは全然違う。あれは多分、日払いやったんやろな。言ってみればホテルみたいなもんや。その代わり金が払えんかったらすぐに追い出される。  実際、パパは西成を出る前までは、いろんな所に寝た記憶がある。  本当に金がなかったんやろな。  一番覚えてるんは、冬の寒いときに、寝るところなくて材木置き場みたいなところで、ブルーシートみたいなもんに包まって、お父ちゃんに抱かれて寝てた覚えがある。朝になったら夜露が顔についてて気持ち悪かった。父ちゃんは(ここで待ってろや)と言って、しばらくどこかに行った。俺もそうするしかなかったので、じっと言いつけ守ってたんや。そしたら帰ってきて、袋に入ったパンの耳を食べさせられたわ。買うてきたんか、貰うてきたんかはわからんかったけど、  そんなんでも、生きてこられたんや。不思議やな。  何でお金なかったんやろな。自転車だけは持ってたから、パパはよく父ちゃんの後ろに乗せられて移動してたよ。ある夜は寝床を探してうろうろしてたら、ちょうど、開いてたタクシーのドアとぶつかってなぁ。わざとかどうか知らん。多分、わざとぶつかる知恵は
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