第一章・~由也の章~

6/60
前へ
/127ページ
次へ
「さあ、由也。今日は魚を捕るぞ」  由也が深く頷いた。 「この辺りは大きな石もある。転ばぬように気をつけるのだぞ」  再び、由也が頷いた。  他愛もない会話を続けながら暫く歩いていくと、やがて穏やかだった道も険しくなり始めた。下流に比べて岩場がかなり荒く、角が突き出たりしているので、とても歩き難い。  私達は慎重に岩の上を渡り歩いた。見ればもう岩の下は川になっており、水が流れている。  この辺りは、由也を連れてくるには少し危ない場所なのだが、魚の集まる良い場所でもあり、病気に効く良い薬草や花も多く生えている所だった。  当時は薬も無く、全て自然のもので治癒したものだ。この辺りの草は高熱や怪我、毒にも効く優れたものが多い。  私は医者ではないが、長い間旅を続けていた事が幸いし、材料さえあれば、たいていの病気や怪我に利く薬を作ることが出来た。医者にかかれない私達にとって、此処に生えている草花は欠かせない、とても貴重なものなのだ。だから、定期的にこの場所へは足を運び、薬草や野花を採取するのだった。  岩を登りきると、由也が微笑んだ。彼女は此処へ来ると、何時も同じように私の腕を引っ張り、満面の笑みで喜ぶのだ。 「今日は何時もより着くのが遅くなったから、先に昼食にしよう」  私達は、河原を良く見渡すことが出来る場所に腰を下ろした。此処は水面に輝く光や魚が映るのが見える。心地よく優しい風に吹かれるこの場所は、私達二人だけの気に入りの場所だった。  早速包みを開け、朝二人で作った握り飯を取り出し、由也には私が作った、魚のすり身や梅干などが入っている方を手渡した。  私は、由也がいつも可愛い手で一生懸命握ってくれる、小さな握り飯を取った。  本当に美味しい食事というのは、自分の為に作ってくれたものを、其の人と食べる事だと思う。この場所で食べる握り飯の味は、どんな食事よりも美味しかったように覚えている。  今日は、由也の為に沢山魚を捕ろう。そう思いながら、握り飯を口にした。
/127ページ

最初のコメントを投稿しよう!

433人が本棚に入れています
本棚に追加