第一章

8/32
前へ
/165ページ
次へ
   昨日見たときはどこか大人びた印象を受けたが、制服を着ると年相応の少女に見える。 「高校生?」  青年は何とはなしに訊ねた。 「ん? ええ。そうだけど、なにか?」  少女は制服の裾を掴んでひらひら揺らして見せる。 「いや、妹がいてね。高校生なんだが、同じ女子高生でも印象が違うもんだねぇ」 「変な目で見ないでスケベ」  そう言って、少女は持っていた鞄で青年の目を狙って小突いた。  眉間に命中したが、中身が入っていないのか、ほとんど痛みはない。 「誤解だって。それより、学校行かなくていいの?」 「だから授業じゃないってば。時間は大丈夫」  少女は断りもせずに、青年の座るベンチに腰を下ろす。無論、公共物であるから青年の許可は必要ないのだが。  何となく体裁が悪い気がして青年は煙草の火を消した。 「私のことはともかく、あなたも今朝は早いのね? 昨日はどこに泊まったの?」  青年は欠伸をしながら、答える代わりにベンチを叩いた。  少女はきょとんと小首を傾げる。 「寝心地は良くないね」 「あなた、まさか」  目を見開いて、少女は青年の顔をのぞき込んだ。 「ここで寝たの?」 「あれ? ここって寝ちゃいけない場所だった?」  とうとう呆れて言葉を失ったのか、無言のまま少女は少しずつ青年から身を引いていく。  青年は意に介さなかったが、少女が何も言ってこないので、彼も黙ったまま二本目の煙草をくわえる。  ライターが乾いた点火音を響かせる前に、少女の手が伸びて青年の煙草を奪った。 「バカじゃないの?」  青年は少しだけ眉を顰める。 「そっちこそ、旅人を馬鹿にしてないか? 旅を続けるには一宿の金だって節約しないといけないからね」 「大いに馬鹿にしてるわよ。目的ないんでしょ?」 「いや、うん。まあ、ね」 「言えば寝床くらい用意したのに、部屋なら余ってるし」 「いや、それはさすがに、世間的にも社会的にも問題が……」 「は? なにそれ。ベンチで一晩過ごすような目的無しの放浪者はそんな殊勝なこと言うのね」  嫌みをたっぷり含んだ笑顔を向けられ、しかし反論も出来ずに青年は目をそらす。 「まあ、別にあなた自身のことだから私がとやかく言うつもりはないけど」 「いや、十分とやかく言ってらっしゃる」 「ご飯ぐらいちゃんと食べたのよね?」 「そこの向かいの家のお嬢さんがおにぎりをくれたね。いやアットホームで良い街だ」  
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

395人が本棚に入れています
本棚に追加