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少女は最後までにこりとも笑うことなく、長い黒髪を靡かせながら去っていってしまった。
その姿を見送り、青年は二本目──少女が捨てた分も合わせれば三本目の煙草をくわえる。
今度こそ邪魔されることなく、煙草に火がついた。煙がゆらりと伸びていく。
煙の行方を追うように、空を仰いだ。
「はて、どこで待ってりゃいいんだろうか……」
少女は連絡手段も待ち合わせ場所も告げていかなかった。やはり、どこか抜けているらしい。
しかし、それは青年とて同じことだった。
好意に甘えるつもりでいて、少女の名前すら訊かずに見送ったのだから。
とは言え、一日中このベンチで過ごすのも酷く退屈なので、煙草を吸いながら青年も動き始めた。
昨日、少女に教わった通り、市民館からまっすぐ歩くと商店街にたどり着いた。
賑わっているとは言い難いが、寂れているというわけでもない。
どの店も、どっしり構えて落ち着いているようにも見える。
そう大きくもない町のようなので、固定客が大半を締めるのだろう。
それでも成り立っているのだから、それなりに経済は回っているのだろうか。
それに、単に朝だから人通りも少ないだけかもしれない。
そんなことを考えつつ、青年が通りを歩いていると、突然見知らぬ人から声をかけられた。
「あんた、昨日お上さんとこのお嬢さんと一緒に人形劇やってたお兄ちゃんでしょ?」
短めのツインテールを揺らしながら、活発そうな女の子が青年の前に躍り出る。
歳は、あの少女と同じくらいだろうか。制服は着ていないが、日曜日だからむしろこの女の子の方が正しい。
手には白いビニール袋を提げている。
(お上さん……?)
『お上さんとこのお嬢さん』と言われても、青年にはわからない。ただ、他の情報から察するにあの少女のことだろう。
「そうだけど、何か?」
「いやいや、うちのお婆ちゃんが珍しいものを観れたって言ってたからさぁ」
どうやら、女の子自身が観に来ていたわけではないらしい。
「この街の人じゃないよねぇ? どっから来たの? 何しにきたの? いつまでいるの?」
女の子は矢継ぎに質問を投げかけてくる。
捕らえようによっては失礼な質問かもしれないが、どうやら単純に青年に興味を持っただけらしい。
旅人が珍しいのだろう。
とは言え、一気に答えられもしない。答えは保留させてもらい、青年の方から一つ質問する。
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