第一章

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  「あいよ、アイスふたつ」  駄菓子屋のおばさんはバニラアイスを二つ、女の子に手渡した。一種類しかないのか、それとも選ぶ権利がないのだろうか。  何も言わずに二人分の代金を女の子が払い、一本を青年に差し出した。 「ああ、すまん」  小銭を出そうとして、その手を女の子が無理やり掴み、アイスを握らせる。 「歓迎の品だよ」  女の子は当たり前のようにそう言った。 「ありがとう」  屈託のない笑顔を浮かべ、青年もそれを素直に受け取る。 「はー……あんた可愛い笑顔だね。ますます気に入っちゃったよ」 「そいつは光栄だねぇ」  青年は笑顔が曖昧になる。しかし悪い気もしない。 「あたしは矢に草と書いて、しぐさ。あんたは?」 「ツツジ。しがない旅人っス」 「旅人? そいつはユニークですな。その旅人さんが何の用でこの町に?」 「特に目的はないんだけどね」 「へえ。まあ、どーでもいいけど」  言葉とは裏腹に、しぐさはツツジに対して興味津々な瞳で見上げる。  どうやら本当に気に入られてしまったようだ。 「ツツジお兄ちゃんはいつこの町に来たの? 昨日?」 「ああ、昨日だけど……ツツジお兄ちゃん?」 「うん。『あんた』って呼ぶのはどうかと思うし、呼び捨てとか『ツツジくん』じゃ失礼でしょ? かと言って『ツツジさん』だとよそよそしいし。年上だからツツジお兄ちゃん」  そこまで親密になった覚えもないのだが、本人はそう呼びたがっているようだった。 「でも、ちと長いか。お兄ちゃんでいいね。やあ、お兄ちゃん」 「何だか段階を飛ばしすぎのような……」 「一度会ったら友達で毎日会ったら兄弟よ」 「いや、まだその一度目でしょ」 「これから毎日会えばいいでしょ。ほら、アイス溶けてる。食べながら歩くよ」  しぐさはアイスをくわえながら、ツツジの腕を引っ張って歩き始めた。  “お兄ちゃん”としては行儀が悪いと注意すべきか悩んだ挙げ句、結局ツツジもアイスをくわえて行き先もわからぬまましぐさについていくことにした。  そういう、どこか少年の面影を残す部分が、しぐさの興味を惹いたのかもしれない。  ツツジの方も何かを懐かしむような穏やかな表情で、しぐさの背中を見つめていた。  
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