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「冗談はさておき、学校に何の用があるの?」
「用って程のものではないけどね。場所も時間も指定されずに約束してしまったもんで」
「約束? お嬢と? お嬢が?」
「え? まあ、そうだねぇ」
しぐさの言う『お嬢』があの少女のことなら、その通りだ。
すると、しぐさは少しだけ首を傾げてさらに問いかける。
「お嬢と何の約束?」
「それは──」
言葉に詰まる。
正直に言うなら、ツツジが『お嬢』の家に泊めてもらうと言えば済む。
しかし、あらぬ誤解を受ける可能性があるし、ツツジ自身の風評だけならまだしも、『お嬢』にいらぬ噂をたてるのは好ましくない。
てきとうにはぐらかすしかないだろう。
「──ああ、ちょっと人形劇を観てくれないかと言われて」
「へぇ。嘘だ」
一発で切り捨てられてしまった。
「お嬢が人に直接観てほしいなんて言うはずがないよ」
しぐさはそう言い切る。
まさかそこまで断言して否定されるとは思っていなかったツツジは、言葉に窮した。
「もし、それが本当ならお兄ちゃん、お嬢にそうとう気に入られているってことだよ」
そうは言うものの、実際にはほぼ初対面のような身で泊めて貰おうとしているのだから、こちらの方が世間体が良くない気もする。
しかし、しぐさは呆れたような目で鼻を鳴らした。
「どうせ、泊めてもらう約束とかしたんでしょ?」
「え、まあ、そうだけど……」
簡単に当てられてしまった。
「やっぱり、この町じゃそういうのって当たり前なのか?」
「物騒だから、そんなに敷居は低くないけどねぇ。ほとんどの家は相手を見て判断かな。ま、お兄ちゃんなら一発でウチに招待するけどね」
十分に敷居が低そうだった。
しかし、実際にその言葉を聞いてようやく、少しは納得出来たような気がした。あの少女がツツジを泊めてくれようとしてくれるのも、土地柄故のことなのかもしれない。
「しっかし、泊めようとして時間も場所も教えないとはね。あのお嬢サマは」
「ちょっと抜けてるみたいだ」
「ちょっと?」
しぐさは何かを含んだような笑みを浮かべる。しかし、その先の言葉は敢えて発しなかった。
「普段はクールでスマートなお姉様って感じなんだけどねぇ」
「もったいないな」
「いや、ギャップ萌ってのもあるらしいけどね」
確かに、とツツジは藪蛇にならないよう、曖昧に肯いた。
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