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相手は牙を剥いた獣のように、今にも襲いかかってきそうだった。
「オラ、どうした!」
「うっさいなー。そっちがどうしたのよ」
「てめぇの荷物がぶつかったんだろうが!」
「何よ。ちょっと手が滑っただけじゃない」
よくよく考えれば、悪いのはこちらであり、相手が怒るのも無理もないことだ。
にもかかわらず、しぐさは一言たりとも謝罪の言葉を口にしていない。
相手がまともにききいれてくれるかは疑問だが、ツツジとしては年長者としてしぐさを危険な目に逢わせるわけにはいかないし、ましてやこちらが悪いなら言い訳のしようもない。
「あのな──」
「お兄ちゃんは黙っててね」
謝罪を促す前に満面の笑みでそう返されてしまった。
「このアマぁ、なめてやがっと“こます”ぞこらぁ」
「はぁ!? 下品な言葉使うんじゃないわよ! 蹴り潰すわよ!」
(何をだ……)
ツツジは大きなため息をこぼして、しぐさを下がらせる。
「なんだ、てめぇ! やんのかコラぁ!」
「やらないよ。暴力は苦手だからね」
しかし、不良も小娘から男性に相手が変わったことで少し身構えた。
無論、ツツジは本当に暴力を振るう気はないし、ましてやこのまましぐさに危害が加わるようなこともさせはしない。
ツツジは一瞬だけ目を瞑る。
瞳のさらに奥にあるもう一つ瞼を開くために、頭の中でスイッチを入れる。
目を開けるまでの一瞬で、世界が変わった。
瞬きの間──。
この世界を構成する理、万物を支配する基盤に、定義が一つ加えられた。
其は、神の支配。
運命、因果、方向性。
見えざる手が支配する“世界の真理”に、神ならざる者が干渉する権利を定義する。
そしてその仮初めの権利者の視界に、それらのインターフェースともいうべきモノが映し出された。
それは、細い糸。
世界に張り巡らせた蜘蛛の巣のような糸が、ツツジの視界を介してその干渉せし定義を伝える。
不良の胸のあたりから、ツツジとしぐさに向けられ糸が伸びている。
ツツジはその糸を掴み、神が人の心を掌握するかの如く、その手の中に無作為に束ねた。
収束された糸の先端は、千切れるようにツツジとしぐさが引き抜かれる。
ただ、それだけの動作だった。
「悪いな。どっか行ってくれ」
ツツジが糸を解放すると、方向性を失い一瞬のうちに糸は消えてしまった。
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