プロローグ

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   整った綺麗な指が波打つように動く。  それに呼応し、伏していた人形は立ち上がり、まるで生命を吹き込まれたかのように踊り始めた。  指と人形との間には、幾本もの細い糸だけが伸びていた。  繋がりはその細い糸だけ。しかし、それだけで少女が人形に命を与えるには十分だった。  やがて短いワルツを踊り終えた人形はその場で静止し、恭しくお辞儀をする。  乾いた拍手の音が、一人分だけ響いた。 「いや、巧いもんだ」  唯一の観客であった青年は、心底感心した様子で動かなくなった人形を覗きこむ。 「強制はしないけど、すごいと思ったならお金置いてってよね」  対してその操り主は、ふてぶてしくもそう言いいつつ、人形を片づけ始めた。 「なんだ、もう終わり?」  名残惜しそうに訊ねる青年に、少女はきっぱりと肯いた。 「いつもこのくらいで止めてるの。別にお小遣い欲しさにやってるわけでもないしね。まあ、儲かって悪いこともないんだけどね」 「そうかい。いやしかし、もっと愛想を良くして場所を選べばずいぶん儲かるんじゃないか? 可愛い顔してるんだし。ましてや技術もある」 「ありがと。でも余計なお世話」  青年を軽くあしらい、少女はその場を去っていく。 「ああ、待って。見物料」  青年が呼び止める。  少女は一応振り返り、青年の差し出す見物料に目を向ける。そして、どこか機嫌悪そうに言った。 「いらない」  少女は二度と振り返らないと背中で語りながら、足早にその場から去っていってしまった。  青年は溜息をこぼしつつ、手にしていた一万円札をそのままポケットにしまった。 「他意はなかったんだけどねぇ」  そう呟きながらタバコを取り出し、くわえようとして、ふと少女が人形を操っていた場所を見た。  そこには、先ほど操っていた人形とは別の人形がひとつ、ぽつりと置かれていた。 「せっかちなお嬢さんだ」  青年はタバコをしまって苦笑しつつ拾い上げる。  少女はよほど憤慨していたのか、かなり足早に去っており、すでに姿も見えなくなっていた。  しかし、青年は焦ろうともせずに、少女が去っていった方向を見据える。  そして迷いのない足取りで、その方向へと歩きだした。 「うん、いい糸だ」  しかし、言葉とは裏腹に、その人形には操り糸はついていなかった。  
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