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──へんぴなところ。
そう言ってしまえば簡単だが、街の住人はここを不便な街だとは思っていなかったし、それはまだ若い少女とて同じことだった。
都会のような華やかさはなかったが活気はあったし、それでも生き急ごうとする人などいない。
それがこの街だった。
へんぴなところ──。
外から見ればそうかもしれない。そして、外からどう見られているかなんて住人は一切気にしてなどいなかった。
若干不機嫌な顔をした少女は、小さなトランクケースのようなものを片手に、市民館へと向かっていた。
楽器でも入ってそうな黒塗りのケースだったが、中身はもっと軽いものである。
あまり不機嫌な顔ばかりもしていられないので、少女は気持ちを切り替えろと自分に言い聞かせながら歩いていた。
その背後から、不機嫌の元凶が声をかけたのは、ちようど交差点で信号待ちをしている時だった。
「やあ、お嬢さん。また会ったね」
少女はため息をこぼしつつ振り返る。
「走って追いかけてきたの? この辺じゃ大丈夫だけど、もっと発展した住宅街ならちょっと用心されるわよ」
「そりゃどういう意味だ?」
「追いかけてくんなってこと!」
少女はそう突っぱねて、長い髪を靡かせながらそっぽを向く。
青年は苦笑しつつ後頭部を掻いた。
「まあ、追いかけてきたのは事実だけどね。走っちゃいないけど。ほら、これ」
言って、手に持っていた人形を差し出した。
少女は視線だけを向け、“それ”に気づくと身体ごと向き直る。
「これ……」
「忘れものだね」
「どうして」
「いや、だから忘れたんだろ、君が」
「あらやだ、ホントにストーカー?」
「人の話を聞かないね。忘れ物だってば」
少女は訝しむような瞳で見据えながら距離をはかり、警戒しつつ人形を受け取る。
「ありがと」
「どういたしまして」
「でも、よくついてこれたわね。入り組んだ道だし、結構早歩きで歩いたつもりだったけど」
少女は不思議そうに小首を傾げる。
「本当に走って追いかけてきた様子じゃないし……私って足遅い?」
「どうだろうね、普通じゃない? まあ、せっかちだとは思うけどね」
少女はムッとした表情で顔を赤らめながら、青年が届けた人形を隠すようにポケットにしまった。
「こ、こういう日も、あるのよ……」
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