第一章

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   妹でも見るような微笑ましい眼差しを向ける青年と目を合わせないようにしながら、少女は腕時計を一瞥する。  時刻は三時前。見ず知らずの男と立ち話している時間はなさそうだ。 「あなたこの街の人じゃないわよね? 見ない顔だもの。暇なら商店街の方に行ってみたら? 珍しがって相手してくれると思うわ」 「これは親切にどうも」 「冷やかしでちょっかい出されたくないだけ」  最後までそう突っぱねて、少女は再び歩きだした。  しかし、少女の話を聞いてなかったのか、青年はその傍らをついて歩き始めた。 「あの、なに?」 「いや、商店街ってどっちかわからないし」 「ああもう、商店街なら──」  少女は言葉に詰まる。同時にしくじったという表情で顔をしかめた。  方向的には少女が向かう市民館も商店街も同じだった。  嘘を教えるほど性格は曲がっていなかったし、かと言って少女自身が遠回りするような時間もない。  結論は、ため息一つだった。 「こっち。この先にある市民館をもっと先に行ったとこ」  力なく指差してそう告げる。 「ありがとう。じゃあ、行ってみる」 「待って、一本道じゃないし、私の行き先市民館だから途中まで案内するわよ」   嫌そうにしながらも律儀に案内をしようとする少女に、青年は屈託のない笑顔を浮かべた。 「じゃあ、よろしく頼むよ」 「ちょっと急ぐけど」 「構わないよ。せっかちなお嬢さん」  案内を買って出たことを早くも後悔しつつ、少女は青年を連れて市民館へと向かった。  道中、青年はこの街についていろいろと少女に訊ね、少女はうっとうしそうにしながらも答えられる質問には答えていた。  彼自身については自ら話したりしなかったし、少女も特に訊ねなかったので、結局この街に来た目的もどこから来たのかさえも少女が知ることはなかった。  それ以前に、市民館に着くまでに少女が自ら発した言葉は僅かに一言。 「あの猫マイケル・ジャクソンに似てる」  と、どうでもいい発言のみだった。後はひたすら無言か、ぽつぽつと質問に答えるだけである。  それでも青年は満足した様子で市民館につくと恭しくお辞儀をした。 「ありがとう。有意義な道中だった」 「それは光栄ね。商店街はここら真っ直ぐ行けばいいから」  青年はにこりと微笑み、ふと今気づいたように呟く。 「市民館……何か催しもの?」  少女は答えずケースを持ち上げた。 「なるほど。人形劇か」  
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