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この時ばかりは少女も素直に肯いて、優しげに薄く微笑んだ。
「まだまだ下手だけどね。子ども達に見せてあげてるの。娯楽の少ない街だし」
「へえ、いいね。それって、誰でも観れる?」
青年の問いかけの意図を瞬時に悟ったのか、少女は優しい笑みから一転して心底嫌そうな表情を見せた。
「一応、入場無料で誰でも入れるけど……観に来るのは小さい子か老人くらいよ」
青年は意に介さず、満面の笑みを浮かべて宣言した。
「じゃあ、観ていこうかな」
大きなため息が少女の口からこぼれる。眉間に皺を寄せ、侮蔑にも似た視線を青年に向ける。
ただでさえ苛ついていたのに、さらに腹がたつ。
「さっき見せたじゃない」
「でも、今度は違うものを見せてくれるんだよね?」
「同じよ。路上でのあれって、練習でやってるんだから。そりゃ本番はもうちょっと長いけど」
言いつつ腕時計に視線を落とす。時間はあまりない。
「踊りだけ?」
「悪い?」
馬鹿にされたような気がして、少女はさらに苛立つ。
「悪くはない。実際、さっき観た限りでは、なかなかの腕前だった。さぞ評判はいいんだろうね」
「含みのある言い方ね」
「そうだな。率直に言おう。そっちの方が君を怒らせずに済むしね」
怒らせているという自覚はあったらしい。
時間はないが、少女は「一応聞いてあげる」と視線で続きを促す。
「観客は子どもだろ? 年齢層は知らないけど、何か物語を演じてみてはどうかとね。人形は一体だけじゃないんでしょ?」
「それは……考えたこともあるけど。私には向いてないみたいだから無理。一人じゃ自信ないし」
出来るなら、踊りだけでなく『人形劇』をやりたいと、少女も思っていた。
しかし、そこまで表現の幅が自分にあるかはわからないし、恥ずかしいから試したこともない。
青年の言うように、子ども達にとっては踊りより劇の方が飽きないのだろう。けれど、練習もせずに出来るものじゃない。
ふいに青年は、もっと若い少年のような笑みを浮かべた。
一瞬だけ少女がその笑顔に見とれてるうちに、盗人のようにするりと青年の手が少女の身体へと伸びた。
「え、なになに!? なによ!?」
青年の手が少女のポケットに入り込む。
少女は慌てて身を離し、信じられないものを見るような瞳で青年を見据えながら、自分の身体を抱きしめるように身を固める。
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