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「へ、変態! スケベ! 痴漢!」
青年は悪びれる様子もなく、少女のポケットからくすめた人形を手に持った。
「ちょっと、それ!」
『やや、ごめんよ』
突然聞こえた耳慣れない声に、少女は辺りを見回す。
いや、何が起こっているかは薄々気づきながらも、思わず疑ってしまったのだ。
『ちょいっす。こんにちは』
声に合わせて、人形がお辞儀をする。
無論、青年の指で無理矢理動かしただけだが、人形がしゃべったようにも見える。
何故なら、青年の口はまったく動いていなかったからだ。
「腹話術……」
「ま、別に腹話術である必要はないけどね。こういうことも出来るってこと」
青年は少女から奪った人形を差し出す。
狐にでもつままれたような表情で、少女は人形を受け取った。
「何か、やってたの?」
「ちょっとした路上芸をね」
青年はにこりと微笑む。
「さて、何かお手伝い出来ることはないかねぇ?」
少女は少しだけ挑戦的な笑みを浮かべた。
それは誰かに対する挑戦ではなく、敢えて言うなら、自分に対する挑戦だった。
市民館の小さな多目的ルームを借りて、毎週土曜日の午後からそれは催している。
少女のマリオネットだけでなく、学生の吹奏楽や、地元の有志参加者によって、ささやかな娯楽を提供する場として、開かれていた。
中でも少女の『操り人形』は、年少者を主に対象としたものであった。
ホワイトボードで仕切られた“舞台裏”で、青年と少女は短い時間で打ち合わせをする。
聞くと青年はあまりマリオネットは得意じゃないらしい。
出来ないこともないが、今までは別の人形芝居をしてきたという。
それが、パペットによる腹話術だ。
青年の荷物の中から口のあいた人形が取り出された。
パペットとマリオネットの異色劇になりそうだが、逆に斬新かもしれない。
少女はそれで了承した。
問題はストーリーだ。急に用意できるものじゃないし、セリフだって覚える時間はない。
「アドリブで出来るものをやればいい。童話なら、流れさえわかってればどうにかなるんじゃないか?」
確かに、と少女は頷く。
童話なら、もともと小さな子どもに聞かせる物語だから、セリフだってそう難しくはない。
全てアドリブというのはさすがに不安だが、やってやれないことはないだろう。
「いいわ、童話にしましょう」
「よし。じゃあ題材は……」
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