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少しの間ののち、佳代はコーヒーカップを両手で包み込むようにしながらポツリと言った。
「大学やめるかもしんない。」
「どうして?行きたがってたじゃん。」
「いろいろあるんだよねェ。」
また少しの間。
…どうしたんだ?今日の佳代は…
「あのね鏡介、やっぱり言っておく。あんたには知っててほしいから。」
「何を…」
言う間もなく佳代は僕を遮った。
「ストップ!何も言わないで。鏡介は聞いていてくれればいいの。私の話を静か~に。」
…はじまったよ、まただ…
僕に口を出させず、ただ黙って聞いてくれと言う。
以前、佳代は僕の顔を両手で軽くはさんでこう言った。
「いい?今日からあんたは『鏡介』よ。」
…なんだ突然、俺は『鏡一』だぞ…
「いいの、名前なんてどうでも。『鏡介』の方が言いやすいの。それに介の字は人を助けるって意味があるの……黙って聞いて。」
…名前も変えられちゃうのかよ。…
ここだけの話だと思っていた。でも次の日から、仲間内で僕は『鏡介』になっていた。
佳代には五才年上の「静」という姉がいる。僕等は静ネェと呼んでいるのだが、その静ネェまでもが僕を『鏡介』と呼ぶようになって、さすがに抵抗をあきらめた。
「鏡介は、私の話を聞いていてくれればいいの。そして私を助けてくれればいいの。悩みって不幸な事よ…いいから黙って聞いて。」
……何回も言うな……
「私は鏡介に悩みをぶつけるから、受け止めてほしいの。それだけで心が軽くなるから。なんでも話せるの鏡介だけなんだ。安心して打ち明けられるの鏡介だけなんだ。」
佳代の顔は、だんだん真剣になっていた。
僕は頷いていた。
すると佳代は、急にイタズラを思いついた子供のようにニコッと笑って言った。
「ついでだから鏡介の趣味、それにしよう。
人の不幸を聞く趣味、決定~。」
もとの佳代に戻っていた。
そんな事を思い出しながら、僕は佳代を見ていた。今佳代は、悩みを打ち明けようとしている。僕は黙って聞く事にした。
佳代は声を小さくして話しはじめた。
「お父さんとお母さん、離婚しそうなの…」
…!?…
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