37人が本棚に入れています
本棚に追加
夕美の砂になった体のひと粒は、男の体にとどまっていた。
男はベランダも念のため確認し、そこにも夕美がいないと知ると、戸惑いながらも薄闇の中、服を身につけはじめる。
街の様子が一変していることに、まだ気付いていない。
夕美が男のためだけに用意した灰皿をキッチンから持ってきて、
夕美がハンガーにかけたスーツの上着からタバコを取り出し、床に坐る。
最初の一本に火をつけ、深々と吸う。
吐き出された煙が部屋中を駆け、天井にのぼっていく。
男はその行方を見届けると、ふと思い出したように床をひと撫でする。
先程までの砂が、きれいに消えている。
奇妙なことだ。
ベッドの上からも、ひと粒残らず消えてしまったようだ。
それにしても夕美は一体どこへ行ってしまったのか。
男ひとりを残してどこかへ行くことなど、これまでの夕美には考えられないことだった。
共に過ごせる時間が短いぶん、夕美はいつでも濃厚なふれあいを求める。
いつの間にかタバコの先の灰が長く伸びていて、男は慌てて灰皿を引き寄せる。
最初のコメントを投稿しよう!