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うまく風を捕まえ、夕美はふたたび地上へと降下していく。
見知らぬ街が、夕美の下に広がり始める。
線路がどこまでも続くその両側に、高層マンションがひしめいている。
しかしそれらのマンションも半倒壊状態にあり、公園のものらしき緑が、白い靄のなかに美しく姿を現す。
夕美はひとりの少年を見つけ、近づいていく。
少年は小学校の低学年くらいだろうか。
ふっくらした頬を涙で濡らし、公園の端にぽつんと立っている。
夕美は子ども嫌いだったが、同情と、悪戯心のまじった気持ちで、すっと少年のそばを漂う。
夕美は、少年を取り巻く他の意識があることに気付く。
どうやら少年の両親らしい。
ふたりそろって、まだ幼い子どもを残し砂になってしまったのだ。
夕美とそう年の変わらない夫婦らしく、彼らが愛に満ちた結婚生活を送ってきたことが夕美にはわかる。
夕美は、穏やかで幸福だった気持ちから、唐突に怒りと憎しみに駆られる。
幸福な結婚。
愛するものと暮らす歓び。
そんなものを、かつて自分も夢見たことがあったと、やはり唐突に夕美は思い出す。
しかしその夢見た相手の顔を思い出すことはできない。
夕美は困惑する。
幸せな時間を共に過ごしてきた男女。
いいではないか、べつに。
そんなもの、自分には関係ない。
夕美は、何故、一瞬とはいえ自分の意識が激しく震えたのか、もうわからなくなっている。
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