砂に泳ぐ魚

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もう愛していない。 三十を目前にした夕美は、ここ数年、心のどこかで感じ続けてきたその事実を、痛みとともに受け入れようとしていた。 そんな単純な事実を認めることにさえ痛みを伴うほど、夕美の八年は重く暗く、三十年の人生を占めていた。 部屋のカーテンが青みがかる頃、男がようやく体の違和感に気付いたのか、身じろぎし、目を覚ました。 男の体から、夕美の一部がさらさらと、ぱらぱらと、こぼれ落ちる。 「夕美」 まだ寝ぼけた声で、男が夕美の名を呼ぶ。 隣にあるはずの姿がないことに気付き、呼びかけても返事がないことで、男はベッドをおりようとした。 男はそこではじめて違和感の正体に気付いたようだった。 訝しに眉を寄せ、シーツの上の砂をひとすくい掴む。 細かい砂は、男の指の間をすり抜けていく。 「夕美」 男はふたたび夕美を呼ぶ。 さっきよりも幾分しっかりした声で。 全裸のままベッドを出る男を、夕美はやけに冷静に観察していた。 自分とは無関係な遠いことのように、眺めていた。 裸で抱き合って眠ることも、夕美はこの男から覚えたのだった。 それまでの恋人は、もう少し慎みというものを持っていた。
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