―邂逅―

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開店前の店は何故かすこし寂しそうだ。 あと何時間かすれば、店のBGMに混じった“女の子(と呼ばれるみたいだ)”の嬌声と客達の喚声がこの空間を満たすのだろう。 事務所に通された僕は、手に持った履歴書と職務履歴書を、“ひきつり”に渡す。 店のフロアマネージャーと思わしき30男は、顔の造作が全体的に頭頂部のほうに引っ張られたようなつくりになっていて、僕はなんとなく(この人はひきつりだ)なんて思っていた。 とりあえず、仮採用ということでしばらくの間アルバイト扱いでこちらで働くことになった僕は、面接の明くる日から店のフロアを水ぶきしていた。 開店の1時間前の午後6時には店に入り、店内の清掃、その日納入された食料品、酒類の補充、“女の子”のシフトや出欠の確認などの作業に追われる。 ここで、会社員時代に習得した経理事務能力が発揮されるのも、なんだか不思議なものだった。 “女の子”のシフトは開店の午後6時から閉店の午前3時までのあいだ、それぞれの子によって異なる。 開店から閉店までオールで入っている子。 “昼の仕事”と掛け持ちしているため、短時間で入っている子。 いわゆる“同伴”といわれる客と待ち合わせて入店する子。 それらを踏まえたうえで、週の中での出勤日との兼ね合いがあるため、スケジュールの管理はなかなか煩雑となる。 こういったところは、一般の企業に近いものがあるかもしれない。 事務処理を終え、フロアのヘルプに出た僕は、零時を過ぎたころようやく、休憩を取ることができた。 裏の通用口を開けて、積み重ねられた空き箱から、比較的綺麗なしっかりしたものを取り出し、缶コーヒーを持った僕は腰を下ろす。 月が大きい…。 夜、外にいても寒さを感じない季節になりかかっていた。
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