―邂逅―

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「お兄さん、なにを見てるの?」 んん、この声は確か…。 振り向いた自分の表情に思考がにじみ出ていたのか。 「ん、私は“マイ”だよ」 頭の両側を彩る白いリボンが黒色の髪を結び、二つの大きな影を作り出していた。 語尾が少し上がるそのハイトーンボイスは、ここの“女の子”の中でも特徴があった。 月の光に照らし出されたマイ。 そのときの僕を第三者的な視点から見ていえば、 “こいつは魂を抜かれたに違いない” と見られたろう。 青白い光彩に染め上げられたマイを僕の貧困なボキャブラリーで表現するのならば、 “天使” という言葉ぐらいしか思いつかなかった。 手を伸ばし強く掴めば消えてしまいそうな、 危うさ、 儚さ。 声を発する事を忘れたかのような僕に、マイは少し笑みを浮かべて、 「見てたんだね、月を」 語りかけてきた。 僕の隣のわずかなスペースに、浅く腰をおろす。 自然と体が触れ合って、びくりとしてしまう僕。 「ごめん、狭かったかな」 マイは悪戯をした子供のような表情でうつむき加減の僕を覗き込む。 どうしたんだ、僕は、この子は同性だぞ。 何を焦る? これでも学生のころは結構もてたじゃないか。 ミスキャンパスとも付き合ったろ? これじゃまるで男子中学生じゃないか? 「いや、いきなりで驚いただけだよ。えっと…マイちゃんだったよね? 休憩に入ったのかい?」 なんとか平静を装い、状況の打破を図った。 「あはは、えっとはひどいなあ」 「ご、ごめん」 くすくすと可笑しそうに笑うマイ。 頭の両側に垂らした髪の毛を、左手で軽くいじりながら、あわてて謝る僕をやさしそうに見つめてた。
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