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ハァッ ハァッ
(待って)
ハァッ…… ハァッ
(頼むから待って)
…ッッ…ハァッ
(まだ━━━)
白く長い廊下を走った
途中何度か職員が静かにしろと言った気がする
だけどそれどころじゃ…
712号室
大きな音を立てて扉を開ける
おふくろがベッドに寄り添っているのが見えた
看護婦と医者が僕を見た
親父は一瞬僕を見た後
立ち上がって僕の胸ぐらを掴んで病院の廊下の壁に押し付けた
看護婦や医者が親父を必死に止めにかかった
親父は叫びもしなかった
ただそのまま廊下に崩れて
やり場の無かった両拳を叩き付けて
小さく唸った
僕は親父の横を通って病室に入って
ベッドを覗き込んだ
顔に
白い布
通夜も葬式も雨に降られた。おふくろはここ数日ろくに食ってないからか頬が痩け、クマまで出来て急激にやつれた。親父は更に無口になった。
参列した親戚や近所の人の声がヒソヒソと耳に入った。
『事故ですって?』
『災難ねぇ』
棺の中の弟は綺麗な顔をしていた。頬や瞼、所々傷跡が見えたけれど、名前を読んだら起き上がってくるんじゃないかと思うような表情でソコにいた。
火葬場で棺を窯に送る瞬間、オヤジとおふくろは我が子の名を泣き叫んで惜しんだ。
享年17歳━この世界から去るにはあまりにも早過ぎた。
僕があの暑い日に
無免許の弟がバイクを借りるのを
止めなかったから
何度も悪友と無免許運転をしていた姿を知っていた。警察を煽ったり教師を怒らせたり、弟は所謂(いわゆる)不良。
貸した日、僕はバイクの方を心配していた。
━兄貴、バイクの鍵貸して
『え?何で』
━出掛けっから
『やだよ、後で予備校行くんだから僕も使うんだ』
━良いじゃん、早く貸せって。兄貴には似合わねェから…あ、鍵発見
『ちょっ、待てよ…バイク壊すなよ』
返事は無かった。壁に掛けておいた鍵を取って、足早に部屋を出て行った。それから僕がドアを閉めたら、
ドルンドルン
バイクを二度蒸かして轟音と共に夕刻の街に向かう音が聞こえた。
あれがサヨナラだなんて。
火葬が終わって、骨壺に弟の骨を入れるその時まで、僕は現実を受け入れられなかった。
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