死にたがりの視界

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その日はバイトの給料日だった。予備校が終わって、電車に乗る。駅についてしばらく歩き、家から一番近いコンビニのATMでお金を下ろす。ついでに夕食も買って、家に向かう。 時間はもう12時を回っていた。さすがに両親は寝てると思った。ドアの鍵を開けて、灯りがついてないのを確認してからリビングに入った。買ってきた弁当を再度温めようと電子レンジに向かい、スイッチを押す。 「どこフラついてた」 突然の低い声に背中が凍った。後ろを向くと、オヤジがソファに座っていた。 ─気付かなかった、何でこんな暗い部屋にいるんだ… 「予備校…に……行ってて…」 オヤジはいきなり立ち上がり、僕の胸ぐらを掴んで殴りかかってきた。僕はダイニングテーブルに背中をぶつけ、衝撃でテーブルから花瓶が落ちた。 酒の匂い。オヤジは酔っていると判ったので、抵抗はしないようにしようと思った。 「お前、アイツに線香やった事無ェだろ!!クソガキが、なんでアイツを殺したんだ!」 相手は酔っている。まともに相手しちゃダメだ。 そう自分に言い聞かせながら、顔にだけは痕が残らないように自分の体を守った。顔に痕がつくと、バイトに支障が出るし、周りに説明の仕様がない。 何度か殴られてるうちに、バタバタと階段を降りる音が近付いてきてリビングのドアを開けた。 おふくろだ。オヤジの背後からしがみつき止めに入る。 「あなた、止めて!あなた!止め…止めて…」 おふくろはオヤジに抱きつきながら嗚咽を漏らした。オヤジもふっと狂気が消え、フラフラと仏前に向かい始めた。 おふくろはそっと僕に、部屋に早く行くよう促した。弁当と荷物を持ってリビングを出た。 「…こへ行った…だ………どこへ…」 仏前の前に座り込んだオヤジの独り言が聴こえた。おふくろの嗚咽も聴こえた。 ズキズキと顔をかばった腕に痛みが走る。そのうちドクンドクンと心臓が唸って、急ぎ足で部屋に入って扉の鍵を閉めて、ペン立てからカッターを取り出して勢いよく痛む腕に突き刺した。 パラパラと雨音が聴こえる。おふくろの嗚咽に似ていて頭が狂いそうだ。 その晩、やり場の無い怒りを腕に刻んだ。何度も何度も刻んだ。 涙は出なかった。痛みも感じなかった。
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