死にたがりの視界

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深い意味なんて無かった。ただ自分の体の奥の方の好奇心が、この女性に一心に向いていると感じた。だから声をかけたのだが、何を話せば良いのか解らなくなりとうとう僕は戸惑ってしまった。 女性は相変わらずキィキィと俯きながらブランコを揺らしてる。 強い風が一度吹いた。 僕は風の勢いに煽られて、口を開いた。 「何…してるんスか」 女性は音を止めた。しばらく沈黙を続けていたけれど、僕は返事を待った。 「─何でも無いのよ。君こそ私に何か用?」 俯いたまま女性は喋った。 公園の街頭は暗くて、表情が上手く見えない。ふわふわの髪で顔が隠れてるせいでは無いと思う。必死に何か大切な物を隠してるみたいだった。 「朝からいましたよね…僕、そこの図書館に朝からいたんですけど。もう夜なのに…まさか1日中いたって訳じゃ無いですよね」 「1日中いたわ」 ヘラッと精一杯笑って言った心算だった。だけど女性の声色は冷たく真面目だった。 「…どうして」 聞かずにはいられなかった。思考が廻る前に口から言葉が飛び出た。 「…家がね、滅茶苦茶なの。娘がある日を境に家族と口をきかなくなってね。旦那は何も言ってくれないし…おばさん疲れちゃって、休んでたの。それだけよ」 ─休んでた。 あまりにも長い休みだ。ただ事じゃない、そう思った。うちには女の子供がいないから、如何せん言葉が見つからず、結局よくある思春期じゃないかと平々凡々な言葉を告げてしまった。 すると女性は立ち上がって、街頭に背を向けて僕を見た。 「そうなら楽なのにね」 そう言って公園から姿を消した。 僕は追いかけようとはしなかった。こんな時にまで、自分の不甲斐なさに足元を捕らわれていたのだ。
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