43人が本棚に入れています
本棚に追加
音もなく乾いた瓦礫の上に着地する。
ここは蝶がお気に入りとしている、遺跡の跡地だった。
50年ほど前に起きた大地震で崩壊し、すでに遺跡としては扱われていない。崩落の危険もあるため、誰も近寄らなかった。
だから、蝶が外で人目につく可能性が極力低い場所となり、蝶はよく夜中任務の帰りにここに来るようになった。
普段は塔の中にいる蝶も、ここでは短い間だが自由になれる。そんな場所となっていたのだ。今日もいつもと同じように一番高い瓦礫の上に腰掛ける。そして雲間から漏れ出る月の光に照らされながら外の空気に浸っていた。
「!」
人の視線を感じてばっと辺りを見回す。
すると、元々遺跡の入り口だった場所に、一人の男がいるのが目に入った。そして、思わず目が合ってしまい、互いに視線を外せず、沈黙が流れた。
「えっと……こん…ばんは…」
男が困ったような驚いたような表情を浮かべながら蝶に声を掛けながら近づいてきた。蝶はふいと目線を外し、口を固く結んだ。
男は見覚えのある顔だった。
前に一度だけ見たことがある、南朱皇帝の側室の息子、南遙だ。
―――どうしてこんな所に皇子がいるんだ…。
蝶は心の中でそう呟き溜め息をついてから彼に向き直る。
正式発表されていないとはいえ皇族なだけはあり、威厳と貴賓が見てとれる。しかし、それを誇張するような態度はない。
遙は蝶が座っている瓦礫の山の裾辺りまで来ると立ち止まり蝶を見上げた。
そして、その山の上で自分を見下ろしている蝶の美しさに思わず息を飲んだ。
―――綺麗だ…。
遙は、たった一言。それしか浮かんで来ず、ただただその人に見入ってしまった。
「……何をそんなに見ている?」
黙って自分を見つめている遙を不思議に思ったのか、蝶が遙に初めて声を発する。遙はその凛とした声に我に返った。
「あ……いや、あまりにも綺麗だったから…」
「そんなことはない」
蝶が不満そうに微かに眉を潜めてすぐに口を挟んだ。
最初のコメントを投稿しよう!