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満月の美しい夜。
とある男がその月を眺めるため、ベランダへと出て立ち尽くしていた。
静寂に包まれる中、月だけが自身の存在を示し、この世の全てが月に支配されているような感じさえする。
男がしばらくの間月に見入っていると不思議なことが起きた。
月明かりに照らされた木々の間を何かが物凄い勢いでこちらに向かって駆け抜けて来る。動物…ではなかった、それは明らかに人影を映している。しかし、そのスピードは尋常ではない。
男が月からその影に視線を移し、ひたすら目で追っていると、突然影が飛び上がり、音もなく男がいるベランダの手すりに降り立った。
そこには、ひどく美しい黒い服に包まれた10代後半くらいの人が立っていた。襟足が首にかかる程度の短さで、非常に夜の暗闇に映えるしなやかな銀髪をたたえており、男を見る青い瞳は吸い込まれそうだと錯覚するほど深さを持っている。
はっきり言って、男か女か判別が出来ない。もはやその域を越えてしまっているかのような美貌に、男は息を飲みながらただじっとその人を見つめていた。
先程まで月の独壇場であったのが嘘のように、月はただその人を照らし出す役割のみを担っている。夕闇の中、月の光を浴びて今度はその人が夜の中心となっていた。
その人はしばらく男を見ていたが、薄い唇をゆっくりと開き、小さく呟いた。
「……俺は…蝶…」
声は低めで、どうやら男のようである。彼は再び無言で男を見つめた。
「……え…?……ちょ…う…?」
蝶という言葉に、先程までとはうって変わって男の顔がさっと青ざめた。後退ろうとするも慌ててしまい、自分の足を絡めて尻餅を着いた。それでもと思い、懐から銃を取り出すと、彼へと向けた。
しかし、
「執行する」
男が彼に銃を向けた瞬間。男の脳天に穴が穿たれた。
「あ………」
男はそのままその場に崩れ落ちた。床に鮮やかな赤がみるみるうちに広がっていく。少年はその様子をじっと眺めてから、すっと蝶のモチーフの銀細工を取り出すと、男の体の上に置いてから、その場を後にした。
銀細工が月光に照らされ微かに光る。
これは、裏社会に暗躍する、美しくも儚い蝶の物語―――……。
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