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「…さっきから…何をじろじろ見ている?何か俺に付いているのか?」
蝶が遙を軽く睨み付けながら首を傾げた。遙はそれに臆することなくにっこりと笑いかけた。
「いや、何も付いてないよ。ただ、さっきも言ったけど本当に綺麗だと思ってさ」
遙が素直に思ったことを述べると、蝶は僅かに目を見開く。そして小さく息をついた。
「…男が綺麗って言われて嬉しいと思うか?」
「人によると思うけど。リョウ君は嬉しくないみたいだね」
遙が蝶の態度にくすくすと小さく笑みを溢した。笑っている遙を蝶はじろりと見遣る。
「分かっているなら言うな」
「でも、本当に思ったんだもの。それに、君以上に綺麗な人は見たことがない」
「そうか。それはお前の世界が小さいからじゃないか?」
「それもあるかもしれないね。僕はこの国しか知らないもの」
遙はあっさりそれを認める。蝶はその返答に少し驚いた。皇子というのは比較的他人の意見を受け入れないという傾向があるが、遙は真逆だったからだ。遙はどうやら普通の皇子とは全く違うようだった。そもそも、こんな所に一人で来ていること自体非常識だ。
「君は、広い世界を知っているの?」
「………」
遙の問いかけに蝶は黙り込む。四国にはそれぞれ何度も行っている。けれど、闇の世界しか知らない。蝶は闇でしか動かないからだ。
…ゴーン…
遠くで鐘の音がした。遙が慌てて胸元から懐中時計を取り出し時間を見る。
「あ…もうこんな時間か…。そろそろ帰らないと怒られるから、今日はこれで帰るね」
時計をしまいながら言うと、遙はふいに蝶の片手を取った。そしてそのまま屈み込み、手の甲に軽く口付ける。
「!?」
蝶はばっと手を引き、遙を驚きの眼差しで見つめた。遙は柔らかく笑う。
「僕は毎日ここに来るつもりだ。だから、また会って話してくれると嬉しいな」
そう言うと、遙はゆっくりと手を降りながら去って行った。
蝶はしばらく口付けられた手を押さえながら固まったようにその背中をただただ見つめていた。
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