第二章

12/12
前へ
/26ページ
次へ
「あ、おかえりなさい、蝶」 窓から部屋に帰って来た蝶を見て、光が安心したように声を掛ける。だが、蝶はその声に気付かないかのように返事をせず、窓辺に腰掛けてぼうっとしていた。 手の甲にキスをする。 これは男女間では挨拶のようなものだから普通なら大して気にすることではない。 ただ、蝶は男だ。男性同士でのこの行為は未だかつて見たことがなかった。見目麗しくても男であることには変わりないし、男であるという会話もした。にも関わらず遙はそれをあっさりと行い。何事もなかったかのように去って行った。 ―――あれはどんな意図があったんだろうか…。 「…蝶?蝶!」 光が先程より大きめの声を出すと、はっとしたように顔を上げ、我に返る。 「…ぁ…ああ、光…」 「どうかしたんですか?ぼうっとして…どこか痛めたりとか…」 光が心配そうな眼差しを蝶に向ける。蝶は小さく首を左右に振った。 「…いや…それはない。少し考え事をしてただけだ、心配するな」 「そう…ですか」 小さく息をついてから、再び蝶を見つめる。その瞳は純粋で真剣だった。 「蝶、何かあったら一人で抱え込まないで下さい。俺に出来ることなら何でもしますし、話を聞くくらいはできます」 蝶は光の真剣さに少し圧倒されるも、すぐに目を伏せしばらく考えてから口を開いた。 「光…お前は…男の手の甲に口付けたことあるか?」 「……え?」 蝶の突拍子もない問い掛けに光は面喰らった。蝶の口からそんな質問が出るなど全く予想していなかったからだ。 「…えと…俺は…ないですが…。何でまたそんな質問を?」 「そうか。いや、…しているのを見たから、気になってな」 「はぁ…」 光が困ったような表情を浮かべながら呟きを漏らした。蝶は立ち上がると、光の横を通り抜ける。 「蝶、何処へ?」 「シャワーを浴びて来る。着替えの用意を頼んだぞ」 「あ、はい」 蝶の言葉に返事をし、蝶が見えなくなってから、光は首を捻りながら呟やいた。 「男が男の手の甲に口付けなんて…見たことないけどなぁ…」
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加