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玄人が出て行くと、流風は軽く手を動かして光をこちらに招き寄せた。
「どうしたの?」
「あなたの分も淹れてあるのよ。せっかくだから頂きましょう?」
流風が目の前のテーブルを手で示す。そこにはまだ湯気が立っている紅茶のカップが二つと、空になったのが一つ置いてある。光は素直に頷くと、先程玄人が座っていた席に腰を下ろした。
自分に近い方のカップを寄せて、砂糖とミルクを入れる。
「姉さんはミルクだけだよね?」
「ええ。有難う」
光は流風の分にもミルクを入れる。流風はゆっくりとスプーンでかき混ぜてから静かにカップに口を付ける。光もそれに習って紅茶を飲む。しかし、少し飲んだ所でカップを受け皿に置くと、真っ直ぐに流風を見つめておもむろに口を開いた。
「……さっきのは…本当に蝶がやるべき内容だったの?」
流風は微かに視線を光に投げ掛け、すぐに伏せてからゆっくりとカップを置く。そして顔を上げると光を見つめ返す。
「何故…そんなことを聞くのかしら?」
流風が穏やかに、しかし冷ややかに光に問い返す。光は一瞬気圧され、目を逸らしながら呟く。
「いや……うん…なんか、最近蝶の仕事が多い気がして…」
「そう…」
それだけ言って流風は再びカップに口を付けた。光はじっと手を乗せている膝を見つめながら何度も何度も口を開こうとする。しかし、結局言葉が出て来ずに口ごもってしまう。これを繰り返していた。
流風が飲み終えたカップを置き、膝に手を乗せて光を見つめる。
そして静かに口を開く。
「私達が行うことは、蝶がやるべきと思われる仕事を選ぶこと。やるかやらないかは蝶の判断です。日取りを決めるのも蝶。我々が関与する所ではありません。気になるのなら、あなたが直接蝶に申し出なさい、光」
「………分かりました…」
そう言って小さく頷くと、光は紅茶を飲み干した。
「では、帰りましょうか」
「…そうだね」
光は頷くと、おもむろに立ち上がる。流風も席を立ち、部屋を出て行く。
二人はその後屋敷に着くまで言葉を交わすことはなかった。
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