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「……嫌な夜だな、今日は」
言葉とは裏腹に、目の前に提供された映像に頬が弛緩し、口端が吊り上がるのを感じた。恐らく、と推測を立てずとも愉悦に歪んだ自身の表情を想像出来る。
茂みから身を潜めて、僕はその光景を食い入るように見つめていた。辺りは静寂と暗闇の檻に囲われている。まさか僕という人間に目撃されていようとは、そいつからすれば露ほども思っていないだろう。
そいつは右手に握ったナイフに目線を向けているようだ。そいつの足下に転がる人物――もう死体と言っても差し支えはないだろう――はちょうど心臓辺りから盛大に血液を垂れ流している。
おびただしい量のそれは、死後数分の新鮮な死体から止めどなく溢れ続け、地面の茶色を真紅に染め上げていた。
そいつは依然、自身の掌に納まったナイフに目を当て、何事かを思い巡らせているのか、微動だにしない。ナイフからは殺人の際に付着した血が、刃を伝って滴り落ちていた。
……ぽた、……ぽた、砂時計のように緩慢な速度で液体が落下運動を行う。そいつが新しいアクションを起こすまで僕も動きようがないので、その血液の粒をカウントしながら、時間を潰すこととした。
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