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菊絵さんの話では…
以前は敏樹も樹一郎さんと仲良く遊んだりしていたらしいけど…
敏樹の父親である信芳さんが亡くなって敏樹は豹変したらしい。
その話を詳しく聞いてみようか…
「敏樹様は奥様…珠世様のお顔をご存じありません。それは…
珠世様が敏樹様をお産みになってすぐ亡くなられたからです…
珠世様の旦那様…信芳様は最愛の妻である珠世様を亡くされて…
悲しみに暮れる毎日で…珠世様の死を悼み…魂の抜け殻となり…
鉛筆を握ると手が痙攣するにまで至り…当主になる事が叶わず…
樹一郎様が当主をなさいました」
菊絵さんは屋敷の縁側に座り庭を眺めながらホウキを立てかけた。
そして溜め息を吐き空を仰いだ。
「珠世様が お亡くなりになった時…敏樹様は赤ちゃんでした。
まだ本当に小さい赤ちゃんで…
悲しみを抑えて 抱き上げた信芳様の指を敏樹様は握った――…
信芳様は それから人が変わったように樹一郎様を補佐し…
当主となる為に働きました。
しかし そこで悲劇は起きた…」
「悲劇…?」
おれは菊絵さんの隣に座った。
「今から5年前…
信芳様が過労で倒れて程なくして亡くなりました。それから…
敏樹様は豹変なさいました。
信芳様が亡くなられたのは働かせ過ぎた樹一郎様のせいだと…
敏樹様は樹一郎様を責めました」
だから敏樹は樹一郎さんを恨んでいたのか…父親を亡くしたから…
顔を知る事もなく 死んだ母親の代わりに自分を愛してくれた。
だから余計に恨めしかったんだ。
「…その後…樹一郎様は敏樹様を東京の施設に送り出しました。
もう手に負えなくなった様です」
「そこで おれと出会った…か」
敏樹は辛い記憶を忘れる為に常に明るく笑顔でいる事を憶えた。
そうしたら悲しむ事なんかない。
もう二度と悲しむ事なんかない。
だから敏樹はいつも明るかった。
母親の死や父親の死を忘れて…
自分が受けた仕打も忘れようと…
だけど それは簡単に忘れられるような事じゃない筈なんだ。
きっと本当は苦しんでいる筈だ。
辛い記憶を中に閉じ込めても…
それは決してなくなる事はない。
死ぬまで苦しみは続くだろうな。
敏樹の気持ちが楽になるなら…
おれは全てを打ち明けて欲しい。
敏樹と本当に解り合えるように…
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