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敏樹の境遇…
それは残酷なものだった。
おれなら耐えられない…
両親を亡くして明るく笑顔でいる事なんて出来る訳が――…!?
そうだ…幸人くんもそうだった。
幸人くんも両親を亡くしていた。
それなのに幸人くんは弱音を吐く事もなくて明るく笑顔でいる。
犯人を恨んでいる筈なのに…
大好きだった両親を殺されて…
自分の全てを奪われたのに…
どうして犯人を許したんだ…?
復讐したって 報復したっていいのに…どうして幸人くんは――…
犯人を許す事が出来たんだろう…
敏樹は ここに帰って来て…
樹一郎さんに会って憎しみが爆発したに違いない…だからあんな…
あんな風に挑発したりして――…
「そう言えば…
『治樹』さんって…誰ですか?」
菊絵さんはピクッと反応した。
そして おれを見て微笑んだ。
「治樹様は葛西家の長男です。
つまり…一番の後継者でした…」
「確か大広間にあった『鴉丸』に触れて…追い出されたとか…
…それって…本当なんですか?」
菊絵さんは苦い表情で頷いた。
「ちょっとした好奇心でした。
治樹様は次期当主として…家宝の『鴉丸』を抜こうとしました。
『鴉丸』が どんな刀なのか知りたかったようで…触りました。
それを樹一郎様に見付かり…
樹一郎様は鬼の形相で激怒…
治樹様をこの屋敷から追い出し…葛西家から除名なさいました。
治樹様はいなかった事になり…
樹一郎様の目の前で『治樹』様の名前を口に出す事は禁句に…
今は消息も何も分かりません…」
葛西家の情報をもってして分からない事があるなんて意外だった。
おれには どうしても…葛西家が呪われている気がしてならない。
妖刀『鴉丸』の呪いなのか――…
母親は敏樹を産んで亡くなり…
父親は過労で倒れて亡くなり…
佳樹さんは事故で亡くなり…
治樹さんは行方すら分からない。
葛西家の血が残っているのは…
現在の当主である樹一郎さん…
そして継ぐ気のない敏樹だけだ。
もし樹一郎さんが亡くなれば…
葛西家の生き残りは敏樹だけ…
遺産は全て敏樹の物になり…
この葛西家も敏樹の私物となる。
「菊絵さん…
ありがとうございました。
そろそろ 失礼しますね…――」
おれは菊絵さんに礼を言って会釈して離れの方へと歩いて行った。
敏樹の事が少しだけ理解できた。
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