16.「まっくら」

2/2
前へ
/90ページ
次へ
  探したぜ、と近づいてくる姿を、蛇骨はぼんやりと一瞥した。 だが、すぐに猫に向き直り、 「ほらほらっ美味いんだぞー」 またケーキのかけらを振る。 苺の甘酸っぱい香りが辺りに広がった。 猫は毛づくろいを終えると、にゃあとも鳴かず、のっそりと去って行った。   「帰るぞ」 蛮骨が声をかけても、蛇骨は猫が去った方を見つめたまま身じろぎもしない。 「蛇骨、帰るぞ」 再び促した。 だがやはり蛇骨は動かない。 蛮骨が業を煮やして、そこらに散らかしているロールケーキをがさがさとしまおうとしたが、思わぬ強さで引ったくられた。 ゆらり、と立ち上がり、猫が去った方へ歩き出す。 「帰るぞっつってんだろ!蛇骨!!どこ行こうってんだ!!」 蛮骨は声を荒らげた。 よく通る低音が闇に響く。 それでも振り向かず森の奥へ奥へ行こうとする蛇骨の腕を掴んだ。 掴みしめて、引き寄せた。 尋常ならぬ蛮骨の力に、蛇骨は激しく抗っても敵わない。   「もぅ行っちまったよ。それに猫はそんなの食わねぇって」 いや、食う猫はいるかも知れないが、あの猫は口にしなかったんだ。   「蛇骨、それ家帰って食おうぜ、な」 蛇骨はなお、答えない。 蛮骨もそれ以上、強いて促さなかった。   春の夜の冷気に、蛇骨の体はすっかり冷えている。 ぐっと強く抱き寄せると、苺の香りがさらに蛮骨の鼻をくすぐった。   闇の中、抱きしめたままの時間が途方もなく、長く思えた。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加