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探したぜ、と近づいてくる姿を、蛇骨はぼんやりと一瞥した。
だが、すぐに猫に向き直り、
「ほらほらっ美味いんだぞー」
またケーキのかけらを振る。
苺の甘酸っぱい香りが辺りに広がった。
猫は毛づくろいを終えると、にゃあとも鳴かず、のっそりと去って行った。
「帰るぞ」
蛮骨が声をかけても、蛇骨は猫が去った方を見つめたまま身じろぎもしない。
「蛇骨、帰るぞ」
再び促した。
だがやはり蛇骨は動かない。
蛮骨が業を煮やして、そこらに散らかしているロールケーキをがさがさとしまおうとしたが、思わぬ強さで引ったくられた。
ゆらり、と立ち上がり、猫が去った方へ歩き出す。
「帰るぞっつってんだろ!蛇骨!!どこ行こうってんだ!!」
蛮骨は声を荒らげた。
よく通る低音が闇に響く。
それでも振り向かず森の奥へ奥へ行こうとする蛇骨の腕を掴んだ。
掴みしめて、引き寄せた。
尋常ならぬ蛮骨の力に、蛇骨は激しく抗っても敵わない。
「もぅ行っちまったよ。それに猫はそんなの食わねぇって」
いや、食う猫はいるかも知れないが、あの猫は口にしなかったんだ。
「蛇骨、それ家帰って食おうぜ、な」
蛇骨はなお、答えない。
蛮骨もそれ以上、強いて促さなかった。
春の夜の冷気に、蛇骨の体はすっかり冷えている。
ぐっと強く抱き寄せると、苺の香りがさらに蛮骨の鼻をくすぐった。
闇の中、抱きしめたままの時間が途方もなく、長く思えた。
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