17.「星明かりは見えず」

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  長い、長い時間が過ぎたように思う。   蛮骨は蛇骨を抱きながら、辛抱強く正気が戻るのを待った。   恐らく、こめかみに青筋立てているだろう煉骨のことは、正直、頭になかった。 ただ、蛇骨を待つこと、それが今自分のやるべきことだと思っていた。 時折、蛇骨の良い香りや甘酸っぱい苺の香りに気を取られたりはしたけれど。       今、何時なんだろう。 蛮骨がふと思った時。 「兄貴、離せよ」 唐突に険のある声が耳に届いた。 唐突のことだったから、蛮骨はすぐそれに応えることが出来なかった。 畳み掛けるように蛇骨が繰り返す。 「離せって言ってんだよ」 「やなこった。てめぇ、おれから離れられると思ってんのか」 「大兄貴はおれの気持ちなんかどうだっていいんだ」   「本当にそう思ってんのか」 がらりと蛮骨の声の調子が変わった。 「本当にそう思ってんのかって訊いてんだ」 それは誰あろうと心も体の芯も震撼させる声音であった。 それが証拠に、蛇骨が息を飲み身を固くした。 間合いがあるなら、相応に身構えられるが、蛮骨にがっちり抱きしめられていては手立ての取りようもない。   蛇骨は本能的に震えがくるのを堪えながら、ようやっと言葉を吐いた。   「い…苺くれなかったくせに。おれなんかどうでもいいんだ。やだって言ってもいけずしたり兄貴なんかおれのことなんか」   ああ。 そうだよ。 おれが悪ぃんだ。 そんなことで本気でつむじ曲げちまうのがおめぇなのに、そこにつまらねぇ苛立ちをぶつけたおれが悪ぃんだよ。 そして悪いとおれは言えねぇんだ。 言えなかったんだ。   「苺買いに行こうぜ」 蛇骨の顔がくしゃっとなった気配がした。 「今すぐに」 すすりあげる音を、蛮骨は噛みしめる想いで聞いていた。
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