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新作ケーキの試食会の準備に追われていたおれは、僅かな招待客が揃った後にフロアに出てみて驚いた。
何だってあの子があの野郎を連れてんだ?
「大兄貴、このシュークリーム、ピスタチオクリームが美味いねぇ💕」
「バーが出すにしてはまぁまぁだな」
…何がまぁまぁだ💢
おれらはパティシェも修業してきたんだ!!
生意気なガキを怒鳴り付けてやろうと一歩踏み出しかけて、やっとのことで堪えた。
客人達の前だからだ。
ったく、このおれが逆上する自分を抑えるのは、並大抵のことじゃねぇのに。
あぁ、しかしなんて美味そうに食ってくれるんだ…あの子は。
蕩けそうな満面の笑みを浮かべて。
見てるこっちまで溶けてしまいそうな笑顔に、おれは気を取り直して歩みよった。
「来てくれて嬉しいぜ」
「あっ今日は有難うな~どれも美味いぜ。小振りだからどんどんイケるし😃」
「そりゃ良かった。お連れさんもごゆっくりな、予定外の分もあるしよ」
おれはちょっとした皮肉のつもりだった。
あの子はほんとか!と瞳を輝かせて喜ぶと、
「大兄貴ってば目付け役のつもりなんだぜ~😃 あんたと心配することなんか、な~んにもないっつーのに。な?」
おれに同意を求めて笑い、大兄貴と呼んだそいつの腕にしがみついた。
途端に奴がきまり悪げに腕を払った。
「…黙ってろよ、てめぇ」
「だって本当のことじゃん」
そしてまた腕を絡め、そいつの肩口に甘えるように身を預けた。
「…飛天あんちゃん…」
厨房でぼんやり飲んでいたところに満天がやってきた。
おれは瞳だけを動かした。
「みんな帰ったのか」
「あの人がごちそうさまって。どれも美味かったって」
「…ふん」
グラスに残ったのを一気にあおった。
あの子は満天のこともちょっと縫いぐるみみてぇだと朗らかに笑った。
あんな笑い方をする子だから、余計に心が残る。
残るが、あの子が惚れてるんなら…仕方ねぇ。
窓を覗いてるような月が、ふいに揺れて歪んで見えた。
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