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青い草の生えた小高い丘に腰を下ろし、少女はぽつりぽつりと語り始める。
名はクー・ヂーケ。カヴィエス曰く、魔術語で「鍵の闇」という意味になるらしい。
「父がそういう意味で名づけた可能性は高いと思う。実際父は私のことを鍵と呼んだし、物としてしか考えていなかった…道具として私を養女にしたのだろう」
「養女?」
カルが顔をしかめつつ聞き返した。道具という言葉が気に入らない。
「赤ん坊の時に捨てられていたのを拾って、使用人に育てさせたそうだ」
「自分で育てないのにわざわざ拾うか?」
今度はカヴィエスも口を開く。
「その点を除けば道徳心に溢れていますね。クーを拾ったのには特別な理由でもあったんでしょうか」
「利用価値、だろう…父は、贈り物があると言って、私を呼び出した」
驚きと淡い期待の中、クーは父が指定した地下室へと向かった。
「父はそれを…私の母だと…今は息をせず眠っているが母だと、そう言った。それはとても美しかったが、ぴくりとも動かなかった。血の気もなかった」
言葉を紡ぐ唇が震える。
「…実験動物のように巨大な試験官に浮かぶ人形のような死体を母と言われて、どうすれば平静を保てる…」
唖然として立ち尽くすクーを、父は闇に喰わせようとしたのだ。その時に語られたのが、「母親」の目覚める方法。
「反魂の術では自我まで蘇る確率が低い。確実な方法が、黄泉の世界をこちらに呼び出し魂を完全に帰らせることだと…そのために必要なのだと、父はあの闇を呼び出した」
三人はそれぞれ、闇の壁を見上げる。世界を喰い散らかしてきた猛獣。あれを、一人の人間が呼び出したというのか。
「闇が私に襲いかかってきて、私は空間を越えて逃げた。あの闇は私を追ってここに来たんだ」
「空間を越えて、ですか?」
「気付いたら家の外にいた。それまでは一歩も出たことがなかったのに」
それは人間の能力を越えた出来事だ。カルもカヴィエスも、訝しげに顔を見合わせる。
「…それだけならまだいい、奴は私以外の人達も喰う。奴に喰われた空間は、もう…生など、ない」
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