ただそれは、小さい喜びだった

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正直なとこ、俺は方向音痴なので馨ちゃんに家までついてきて欲しかったのだが……。 仕事があるならしょうがない。 向こうにも向こう側なりの理由というものもあるしな。 俺は時間を気にしながら走った。 母さんに帰りが遅くなるとは説明したが、あの人なら俺が帰ってくるまで玄関で待つという行動をおこしかねない。 馨ちゃんに教えてもらったことを書き留めたメモを片手に、俺は息を切らしながら街を走り抜ける。 途中何度か道行く人にぶつかりそうになったが、俺は走った。 最初の方は時間を心配して、最後には凪ちゃんの心配だけをして――。 「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ッ――」 街からだいぶ近い立派な二階建ての一軒家――。 表札には『矢崎』の二文字が書かれている。 凪ちゃんの家だ。 外装はどことなく外国をイメージしてしまう白をモチーフとする造りになっている。 ご丁寧なことにドアまで行く前に階段があり、更に階段を上れば門みたいなのもある。 稽古場を除けば俺の家より幾分と立派だ。 俺は勝手に開けていいのか戸惑ってしまうような門を開けて、インターホンを鳴らした。
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