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高一の初夏、僕は生まれてはじめて飲みに行った。小雨が降り止まぬ土曜日の夜のことだ。
細いエスカレーターをのぼったところにある居酒屋につくと僕は靴を脱ぎ、靴箱に入れ、はの1と書かれた木の板を抜いて、ざわつく店内の広いテーブルについた。
僕のテーブルには他に5人くらいの知り合いの大人たちが座ってきた。当たり前だが高校生なんて僕くらいのものだ。
全員が席につくと、僕の隣に座った坂本さんがざわつくみんなに大声で聞いた。
「生がいい人~」
生というのは、生ビールのことだろうか。大人たちはほぼ全員が手を挙げた。
「はい、5人な。食べ物は適当でええ?」坂本さんは最近東京に来たらしく完璧な大阪弁の女性だ。
「いいよ~」
「あ、俺サラダ食べたいから頼んどいてくれる?」
「は~い」坂本さんは慣れた感じで伝票に何か書き込んでいるようだった。
なるほど、こういうところでは適当に色々と頼んで分け合うものなのか。
それにしてもそんなに適当に頼んで、勘定はどうするんだろう。
僕は何もかもが新鮮で、落ち着きが無くなっていた。
やがて店員がやってきて、注文をとった。韓国人らしくカタコトの日本語を喋る店員だった。
「そういや河野くんは何飲むん?」
坂本さんに聞かれて、僕はその時はじめて自分が何も注文していないことに気づいて、慌ててメニューに視線を落とした。が、メニューにあるのはお酒ばかりで更に慌てる。
「ソフトドリンクはここや、ここ」
坂本さんのお陰で僕はなんとか「あの、りんごジュースをひとつ下さい」と言えた。
自分の年齢がばれるのではないかと、注文をするのに酷く緊張したものだった。
やがて店員がいなくなると、大人たちはそれぞれ思い思いに喋りはじめた。僕は近くに座っていた近藤さんや藤木さんと飼い猫の話をしていた。近藤さんは30代前半といった感じの男性で、藤木さんは20代前半と言った感じの女性であるが、猫の話なら年齢は関係なく、僕は普通に話をすることができた。
しかしやがて後からまた5人くらいの人達がやって来て、ビールや僕の場合はりんごジュースや、食べ物が出されると話題はだんだんと僕が入っていけないものになっていった。
大人たちの恋愛の話はなかなか興味深かったので僕はひたすらみんなの話を聞いていた。
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