11人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
お母さんがたんぽぽの子どもたちを飛ばそうとすると、子どもはハッと気づいたかのように振り向いて「やめて!」と叫びました。
大きな瞳にたくさんの涙を浮かべて、力の限り叫びました。
お母さんはビックリして動きを止めました。たんぽぽの子どもは、まだひとつも飛び立っていません。
「おかあ、やめて」
もう一度叫ぶと、子どもはビービーと泣きじゃくり始めました。そしてお母さんに抱きつきました。
やめて、やめてと壊れたレコードみたいに何度も何度も叫びました。
「やだよやだよ!たんぽぽさんひとりぼっちはやだよ!おかあと、おにいと、おねえと、おとおとと、いもおとと、みんなとはなれちゃうのはかなしいよ!」
嗚咽混じりに子どもは必死に叫びました。お母さんは子どもをやさしくギュッと抱きしめると、おだやかな声で言いました。
「大丈夫よ、大丈夫」
その時、ピュウッと少し強い風が吹きました。
「ほら、たんぽぽさんを見てごらん」
子どもが丸めたアルミホイルみたいな顔でたんぽぽさんの方を見た時、たんぽぽの子どもたちはちょうど空に飛び立ったところでした。
「あっ、たんぽぽさんが!!」
お母さんは放心している子どもを後ろからもう一度ぎゅっと抱きしめると、やさしい声で言いました。
「ねぇ、春樹。大丈夫よ。たんぽぽの子どもたちは自分で行こうと思って飛んでいったの。自分の花を咲かせる旅に出たのよ。お花を咲かせるために、お母さんたちと別れてでも飛んでいくの。悲しいことじゃないのよ。羊さんもオオカミさんも、人間だってみんなみんな経験することなのよ」
丸めたアルミホイルに水をぶっかけたみたいなひどいお顔で、春樹と呼ばれた子どもは空を見上げました。
春樹はいちど自分の腕で涙をごしりと拭くと、たんぽぽみたいにステキな笑顔を作って手を振りました。
「たんぽぽさん、いってらっしゃい。どおかかあいらしいお花を咲かせて来てね。……たまにはおかあや、おにいやおねえや、おとおとやいもおとのことも思い出してあげるんだよ」
そうしてたんぽぽたちを見送った後、春樹は丸坊主になったたんぽぽを見つめて長い間シクシクと泣きました。
お母さんはずーっと春樹のそばにいました。
たんぽぽの綿毛のように、いつかは旅立つ自分の息子のそばに、お母さんはずーっといました。
最初のコメントを投稿しよう!