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だが、そのイクスの懸念も無用なものだった。その焦りを正しく察したフィオナは、突然イクスの鼻先に指を宛がった。
「ひ、姫様っ?」
「いま、要らぬ心配をしましたね? 軽んじるような言葉を口にすれど、私は敵に油断など持ち合わせはしませんわ」
フィオナは眼光鋭く、侮るなと突き付ける。それにイクスも一時は気圧されたように表情を変えたが、直ぐに居住まいを正して謝罪する。
「……はい。至らぬ考え、申し訳ございません」
「よろしい」
敵の事に言及したが、矜持うんぬんについては彼女も相当と言ったところである。そんな揚げ足取りのような感想を抱きながら、フィオナの満足そうな顔を見る。
――油断はないと自覚すること自体が、油断なのだ。
祖父に耳にたこができるほど聞かされた言葉だ。しかし、いま見る彼女の顔には油断や隙と言った類いのものは見てとれない。
確かに油断はないだろう。だろうが、それでもあるとすれば、この先の敵が彼女の想像を大幅に越えた力を持つ者であった時が、イクスの懸念を現実のものにする時なのではないか。
そして、ふと先ほど彼が口にした言葉を思い出す。
「巧く作ってある、か」
「ああ」
こちらの訊ねのような呟きに、イクスが律儀に首肯すると、変わってミスティが彼に問い掛けを放った。
「山の穴蔵に良い拠点を作る奴と言うなら、その敵とやらは凄腕の山師か何かなのか?」
「山師じゃあないけど、築城とか陣地や工房の作成はかなりの腕があるな。気が滅入る話だけど、名のある使い手かもしれないよ」
と、イクスが顔に弱ったような表情を滲ませると、ミスティは知れぬ話だと怪訝な表情を作る。
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