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女はここにいるのが場違いな姿をしていた。
骸や男と違い無傷であり、その身には血も土もついていない。
女はこの死闘の唯一の観戦者であった。
美しい容姿、場に似合わぬ、しかし女に似合う服、そして日傘をしていた。
しかし、女の表情は暗く重いものだった。
憐れむような、蔑むような、それでいて───泣いているような。
倒れている男にはその顔は見えない。日傘が二人のことを遮っていた。
「───────」
男が何かを言う。とても聞き取れないような小さな声。それでも女には聞こえていた。
「───────」
女も何かを言う。男に聞こえる程度の声で。
それを二度三度と繰り返した。だが、再び男の番になってそれは途切れた。
限界。それだけのことだった。
あと数分も保たないであろう男に告げなければならない言葉。
女は傘を上げ男と面を合わせて、告げた。
「おやすみなさい」
男は驚いた表情を見せる。それが女の表情に対してか、言葉に対してかは判らない。
くっく、と男は自嘲気味に笑い、最後の力で応えた。
「紫…お前いい女だな」
そう言って男は目を閉じた。
女──紫は呆気にとられた顔で固まった。
が、それも一瞬のことで、すぐに直る。
男にはまだ息があった。だがもはや虫の息すぐに死を迎えることだろう。
紫は死に体の男から目を背け、彼女の能力で作った境目に消えていった。
紫が去ると辺りは静寂を得た。
死闘によって出来た広場にはいつの間にか男も骸も無く、散乱していた札や衣服の切れ端すら消えていた。
後には薙ぎ倒された木々と地面には生々しい爪跡があり、忘れられたかのように突き刺さったままの刀があった。
刀が境目に消えていくとそこには、死闘があったとは思えない程静かになった。
翌日、謎の災害や宇宙人襲来などと言われ世間に知られていった。
もちろん、そこに何がいて、何があったのかという───真実が伝えられることはなかった。
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