第3章

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 冷ややかな目は入り口の方へ流れ、次第に穏やかな表情になる彼の口許が動く。 「合格」  今度は意地悪することなく、俺の手に紙が渡った。一気に紙を開くと、中の文字に目を通した。 「手強いから、まぁ、頑張れ」  その言葉を聞くと同時にすっくと勢い良く立ち上がり、俺は扉に向かって走り廊下に飛び出した。勢いが強すぎたのか壁にぶつかった扉は大きな音を立てた。  2、3歩走った所で思い直し、扉が閉じる前に手をかけて彼に向き直る。気をつけの姿勢で、廊下に響き渡るほど大きな声で叫んだ。 「ありがとうございました!!恩にきます!!」  直角になるくらい頭を下げて叫んだあと、彼がニコヤカに手を振っている姿が見えた。  走って、走って、今が授業中だなんてこと頭から抜け落ちていて、息を切らしていることすらわからなくて、ただひたすらに、走った。 《ヒント① 学校》  昨日までなかった、机に彫られた文字。彼女という確信もなく朝から走ってしまった。本当に馬鹿みたいだ。  ただ、他に思い当たる人がいないという事実だけが、この文字が彼女でしか有り得ないという根拠に成り得てしまっただけ。そして彼女はやはり簡単には、俺に答えをくれない。がり、屋上に繋がる別棟への連絡通路を走り抜け、もう一度階段を駆け上がる頃には、足が重たくもつれていた。  途中、廊下で教育指導の教員とぶつかって、教員を突き飛ばした挙げ句倒れてしまったけれど、すぐに立ち上がって謝罪し、教員の叫ぶ声を振り切った。  今まで安全な道を通りつつも、巧く指導の編みをくぐってこれたのだ。彼は俺のことを知らないだろうし、捕まる気も毛頭無い。 《バン!!!》  屋上の扉を勢い良く開くと、冷えた風が俺を迎えてくれた。  体が熱い。息切れが酷い。喉が痛い。心臓が音を立てて俺に訴える。運動不足なんだから無理をするな、と。 《ヒント② ここからは君が良く見える》  幼馴染みの彼から受け取った紙には、そう書かれていた。この屋上のこの場所から俺の席が見えることを、自分でもわかっていた。  フェンス越しに眺めると、授業をしているクラスが見える。俺の席は誰にも座られることなく、ぽつんと主の帰りを待っているようだった。陽の光が暖かくて、冷えた風が吹き抜けるだけで、屋上には誰もいない。  唯一俺だけがこの青い空の下で、空の色と太陽に対峙した、やるせない思いを抱えていた。
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